『おねえさんが好きでたまりません!~年下くんの猛烈アプローチに負けました~』 著:如月一花 イラスト:広瀬コウ 価格:300円 レーベル:ヘリアンサス文庫

【冒頭試し読み】

目次

おねえさんが好きでたまりません!~年下くんの猛烈アプローチに負けました~

 パソコンと資料を前にして、ふさふさ頭でくせ毛の隙間から、乙女のように潤んだ瞳が、{南木葉|みなみこのは}を見つめていた。
 生唾を呑んで、{成神恭二|なるかみきょうじ}の手口に乗るものかと、軽く咳払いをする。
 誰のせいで残業までしないといけないのかと、本来なら一喝したいところだ。
 これで何度目の残業の付き合いかと頭の中で数えて見れば三、四回だろうか。
 初めて仕事を教えて欲しいと言われた時は、その初々しさに可愛らしいと思ったものだが、回数が増える度に面倒くさいと思えてくる。
 しかし、一言言おうとすると成神がくるんと振り向いて、「すみません、僕が悪いんです」と、甘えた口調で言ってくるのだ。
 フロアの灯りも随分消されて、成神と木葉の周りはもう真っ暗。
 新人を相手に三十路の自分がおどおどするつもりはないのだが、甘えられるとどうしたらいいのかわからない。
「帰りは僕が何か奢るので」
「そんなことより、早く仕事を終わらせなさい」
「分かりました。でも、お腹空いてるでしょ?」
「いいから! さっさとやるっ」
 木葉は『お腹が空いている』せいで成神に八つ当たりし、苛立ちをぶつけていた。
 成神ときたら、資料作成ひとつ終わらせるのに木葉の倍以上の時間をかけないと終わらないのだ。
 新人でも断トツに遅く、今日の資料は明日、営業で必要だからと教育係の木葉が面倒を見る羽目になった。
 上司も成神が内勤が苦手なのを知って、木葉に押し付けているのは気がついている。
 成神をほったらかしには出来ないからと、毎回世話を焼いている状態だ。
 営業一筋で仕事をしてきた木葉は、恋もろくにせず、男子顔負けで成績を残してきた。
 しかしその結果、三十歳でも処女。恋愛経験もろくになし。
 仕事が生きがいで、自分を認めてくれるのは営業成績と会社の評価、という偏った状態になっていた。
 今まで一度も恋愛をしなかったわけじゃない。
 仕事が命になったのだって、それなりに理由がある。
「南せんぱ~い。手伝ってください」
 くるんと椅子を回して、また成神は上目で見てくる。
「ダメ」
「どうしてですか? さっさと帰りたいでしょう?」
「成神くんの為にならないわ。そもそも、それってズルでしょ?」
「ズルだろうと、仕事を終わらせてますけど?」
「だめったら駄目。成神くんが一人前になるまで、ちゃんと見届けないといけないんだから」
「一人前に……ねえ」
 不意に成神の目が光ったような気がした。
 気のせいかと思いつつ、デスクに手をついてパソコンの画面を見つめた。
 後少しで終わりそうだと安堵する。
 成神の方を見つめれば、いつの間にか自分を見つめていた。
「な、なに?」
 さっきまで甘ったれた目を向けていたはずなのに、いつの間にか目つきが色を帯びている。
「さ、さあ。終わらせましょ」
 木葉は久しぶりに見た男の色気に胸を鳴らせて、視線を逸らす。
 なんでそんな目で見られないといけないのかと考えてしまうと、成神は「早く終わらせないと」とさっきと同じように甘えた言い方に戻っている。
「本当にそうよ! こっちだってとばっちりなのよ? ほら、こことここ、すぐに出来るでしょ?」
 画面を指さして、つんつんと突いた。
 すると成神はため息を吐いて、キーボードを不器用に打ちだす。
「僕の面倒、ちゃんと見てくださいよ」
「分かってるわ」
「よろしくお願いします。頼りにしてます。南先輩」
 木葉はじろっと睨むと、成神はせかせかとキーボードを打ち込んでいく。
 数枚の資料を作るのに一日がかりでは先が思いやられるが、ここは腰を据えて成神の指導をするしかない。
 木葉の指導が悪ければ、上司の受けも悪くなる。
「終わりました! さ、ご飯食べに行きましょうか!」
「成神くん? こういう時、ひと言なにか言うべきじゃない?」
「あ、ありがとうございます。大好きな南先輩」
「大好きなって、そういうのは仕事では余計よ。公私混同しているようだと、出世に響くわ。前もって忠告しておくけれど、社内恋愛はおすすめしません」
「そうですかねえ?」
 成神は飄々と言って、荷物をまとめて立ち上がる。
 すると、木葉よりも頭ひとつ大きく、すらっとした体格が目の前にある。
 慌てて身体を離すと、成神にくすくすと笑われる。
「どうかしました? さ、近くのレストランに行って、さっさと夕飯食べましょう。お礼に僕が奢りますから」
 成神の提案に、木葉は断る理由が何一つない。
 お腹も空いている、お礼である、対等という形をとって割り勘にしたとしても、残業後のごはんであれば、成神との噂にはならない。
 頭の中で考えると、木葉は作り笑顔を見せた。

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