『その愛は血の業による偽りか』 著:ロクヨミノ イラスト:阿賀之上 価格:400円 レーベル:ヘリアンサス文庫

【冒頭試し読み】

目次

◇劣等魔術師の不運な契約◆
◇劣等魔術師の苦悩◆
◇アゼルの追想◆
◇エリシスの追憶◆
◇真実◆
◇終章◆

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◇劣等魔術師の不運な契約◆

『その血はまるで魔女の呪いのようだ』
十歳くらいの少女は白衣の魔術師たちの言葉を黙って聞いていた。
檻の外では少女を求めて……いや、狂った愛ゆえに殺そうとして、群がる人々がいる。
『万病を癒す副作用がこれではな』
別の研究者の言葉に、少女は座り込んで俯いた。
金色の長い髪がさらりと流れ、緑の瞳は悲しげに揺れている。
『あぁ駄目だ、奇跡の一つでも起こせるかと思ったが、やはりこれは粗悪品だな』
――ごめんなさい。
少女は心のうちで呟いた。
そしてふと思い出すのは、いつかこの血を与えてしまった、無関係な少年だった。

◇◇◇

夕日で茜色に染まった屋敷の廊下を一人の少女が行く。
金色のふわふわとした長い髪を背に流し、緑の瞳を持つ彼女は憂鬱そうな表情で小さなため息を吐いた。
彼女の名はエリシス・フォン・ラルテール、この家の次女にあたり、双子の姉がいる。
(私、やっぱり……私の騎士になんてなった日には、ライアンが可哀想ですし、特別器量がいいわけでも……魔術の才能があるわけでも……)
彼女は今日の深夜に、ある重要な契約を控えていた。
魔術師と騎士、という階級がこの世界にはある。
高貴な者で魔術の才能がある者を魔術師として、騎士を従えるという制度。
概ね騎士の出自はあまりよいものではなく、貧困層に生まれた人々が高い報酬を得るためになる場合が多いが、それは仕事というより、ある種の結婚に限りなく近い。
騎士は魔術師の身の回りの世話から、彼らの要望を叶えるまで様々な仕事を行うことになる。
魔術師は複数の騎士を持つこともあるし、他に妻や夫を持つこともあるが、基本的にその契約は婚姻と大差ない。
「うう……」
立ち止まり、エリシスが座り込みたい衝動に駆られたときだった。
「どうなさいました、エリシス様。浮かないお顔をなさって」
「アゼル……」
そこには、もう一人の見習い騎士、アゼルの姿があった。
銀の短い髪に暗い紫色の瞳を持ち、黒の騎士制服に身を包んだ彼は、柔和な笑みを浮かべてエリシスに近づく。
アゼルとライアンは、父が愛する娘のためにこの家に招いた優秀な騎士候補であり、今日、エリシスと双子の姉ジュディスとそれぞれ契約することになっている。
見惚れるほど美しい容姿をした彼に少しぼんやりとしてしまったが、すぐにエリシスは返事をした。
美形というのはそれだけで破壊力抜群である。
「な、なんでもないのです、ええ……少し緊張してしまって」
まさか、ライアンが可哀想なのではないかなんて言えるはずもなく、エリシスは苦笑を浮かべて誤魔化した。
アゼルは昔から双子の姉の熱烈な愛の対象であり、エリシスは必然的にライアンと契約することが決まっていた。
「アゼルはどうしたのですか? お姉さまと一緒にいなくてもよいのです?」
エリシスの問いに、彼は少し考える仕草をした。
「ええ……少し準備がありまして」
「あ……そうですよね」
彼らも今日、契約というより婚姻を結ぶようなものなのだから、することは色々とあるだろう。
「ふふっ、お姉さまのこと、末永く支えてあげてくださいね」
エリシスは自らの感情を誤魔化すように、彼にそう告げた。
実のところ、エリシスはアゼルに叶わぬ想いを寄せていた。
だが、平凡なエリシスと、秀才と名高い彼ではつりあわない。
姉は天才と呼ばれる魔術師だが、エリシスは違うのだ。
姉妹仲はよいほうだと思う。だからこそ、エリシスは姉の幸福を祈ることにしたのだ。
「……エリシス様、ライアンと契約できるのがそんなにも嬉しいのですか?」
ふと、アゼルの手が頬に触れてエリシスは首を傾げた。
「え……ええ、ライアンは明るくて親しみやすいかたですし、きっとうまくいくと思います」
「ほう?」
アゼルの紫色の双眸が細められ、手袋をした彼の指がエリシスの唇をなぞる。
その雰囲気にかすかな違和感を覚えたが、アゼルは普段と何も変わらない優しい笑みで言う。
「うまくいくとよろしいですね、エリシス様」

◇◇◇

深夜、屋敷の一室に集まったのは四人。
ソファに座り固まっているエリシスの傍に控えているのは、茶色の短い髪に銀の瞳、白い制服を纏った青年、ライアン。
反対側に座るエリシスの姉、豪奢な金の髪に青の瞳、真っ赤なドレスを纏った姉ジュディスの傍にはアゼルの姿がある。
「ふふっ、アゼル、これでようやくわたくしたち、夫婦になれるわね」
にこりと微笑んだ姉がアゼルの手に両手で触れる……ように見えてはいるが、実際にはその手を思い切り抓っていた。
それはもう憎しみの篭った抓り方だ。
「夫婦でございますか。そうですね、そういう意味にもなりましょう」
けれどアゼルはぴくりともせず、にこにこと微笑んでいる。
エリシスはそんな二人の姿を少しだけ羨ましく思いながら一瞥した。少なくとも彼女には仲睦まじい恋人同士に見えているのだ。
たとえそれが真実と異なっていたとしても。
「エリシス、ライアンと仲良くね?」
姉の言葉にびくりと震え、エリシスはうまく笑えているだろうかと思いながら微笑んだ。
「は、はい。お姉さま」
そこで、黙っていたライアンが口を開く。
「エリシス、そんなに緊張することないんだぜ? ただ指輪を嵌めるだけだ。緊張しすぎて指輪を間違えたなんて、笑えないぜ?」
「そ、そうです……ね」
数度深呼吸をして、エリシスは自らを落ち着けようと努力した。
やがて、赤と緑の台座に乗った二つの指輪を執事が運んでくる。
赤がアゼル、緑がライアンだ。
姉が先に席を立ち、赤い台座から指輪を取る。
「さあ、これで……」
姉がその指輪を左手の薬指に嵌めようとしたとき、エリシスは異変に気づいた。
「え? あ……お姉さま、お待ちくださ――!」
けれど、残念なことに姉はその指輪を嵌めてしまい、きょとんとエリシスを見つめている。
「エリシス?」
まだエリシス以外の誰も状況に気づいていない。
そんな中、アゼルが緑の台座から指輪を取ってエリシスに近づいた。
「どうなさいました? エリシス様、あなたも指輪を嵌めなければ」
「や、待ってください! それは――」
アゼルの指輪だ。なぜか、緑の台座にアゼルの物が、赤の台座にライアンの物が嵌まっていたらしい。
しかしアゼルはエリシスの制止を笑顔で無視して、彼女の左手をとるとやや強引に、その薬指に指輪を嵌める。
「は? おい待て、それ……っ、おまえの!」
ここにきてようやくライアンが声をあげ、姉も自らの指に嵌まった指輪を確認して絶句した。
一度嵌まった指輪は、はずれない。
そして、一度成された契約は破棄できない。
それが魔術師と騎士の基本的なルールだ。

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