『ふうちゃんとにぃちゃん先生 ―― ふうちゃん、熱帯雨林の森へ行く』 
著:横尾湖衣 イラスト:エルクポット 本体価格:350円 レーベル:詠月文庫

【冒頭試し読み】

目次

一、 冒険のきっかけ
二、 旅立ちの準備
三、 旅立ちと出会い
四、 ふうちゃんとウサギのラビ
五、 作戦会議とふうちゃんの危機
六、 ケータイのバトン
七、 迷子の子ライオンを探す
八、 森の人
九、 カトレア女史
十、 ふうちゃんの使命
十一、にぃちゃん先生

あとがき

    一、冒険のきっかけ

 ふうちゃんは、パグ犬という犬です。ぺちゃ顔で食いしん坊ですが、力があり冒険心があります。とてもひょうきんで、憎めない性格で、やさしい犬です。ふうちゃんの名前は「ふうた」といいます。人間と同じように立ち上がって、普段はにぃちゃん先生と同じように二本の足だけで歩きます。でも、階段はちょっと苦手なので、そのときは四本の足を使って上がったり下りたりします。
 地球の真ん中なのか、片隅なのかわかりませんが、四角やら円やら三角など、図形で組み合わせられたへんてこなお家が建っています。そのお家でふうちゃんは、にぃちゃん先生と一緒に暮らしていました。
 にぃちゃん先生の名前は「新」と書いて「あらた」と言います。とても偉い偉い博士で、しかもとびっきり若い博士です。科学者であり、発明家でもあります。でも、にぃちゃん先生はそれを人間のためだけではなく、地球のみんなのために使いたいと思っていました。だから、にぃちゃん先生のお家の周りには、他のお家がありません。
 一匹と一人のお気に入りの部屋が、居間であり研究室でもあるひし形のお部屋です。普通の人が住んだら気が変になりそうな部屋です。しかし、にぃちゃん先生もふうちゃんも、慣れてしまえば住みやすくいいものだよと言っています。キッチンは円と三角の形、寝室は星形、玄関は台形……というようにですが、さすがにトイレだけは普通の形でした。トイレにはふうちゃん用のおトイレもあるので、普通のお家のトイレよりちょっと広いです。

 にぃちゃん先生のお家には、テレビがありません。なぜなら、それは必要ないからです。必要な情報は学術書や雑誌、パソコン、そして鏡から得るからです。鏡はもちろんにぃちゃん先生の発明品です。でも、これは内緒です。秘密の発明品で、普段は普通の鏡のように使っているので、辺ぴな所にあるにぃちゃん先生のお家を訪れた人は、誰も特別な鏡だということには気がつきません。にぃちゃん先生は、この発明品については知られたくなかったので、それでいいのです。
 この鏡には、世界中の情報が集まってきます。いろいろな世界の人たち、動物たち、植物たち……、心のSOSがこの鏡に映し出されます。にぃちゃん先生はベッド・ソファーに寝転がりました。
「あーぁ、疲れた」
 にぃちゃん先生は両手を伸ばし、大きな欠伸《あくび》をしました。ふぅちゃんも、ソファーベッドの上に飛び乗りました。そして、にぃちゃん先生の側にぴったりくっつきました。
 にぃちゃん先生は、腕時計にある鏡のスイッチを押しました。鏡が弱く光りました。にぃちゃん先生は右の親指を鏡の方に向けました。鏡の光がにぃちゃん先生の親指に集まってきました。にぃちゃん先生の指紋認証です。鏡はにぃちゃん先生だと認識し、映像を映し出しました。鏡が映し出した映像は、森林や密林、つまり熱帯雨林を大きく燃やして、そこを畑として利用している光景でした。畑にはタロイモやモロコシなどが植えられていました。ふうちゃんは、にぃちゃん先生の方を見ました。にぃちゃん先生は左手をあごにかけ、難しそうな表情をしていました。
「森を燃やしすぎだ……。焼く予定でなかった所まで、燃えてしまっているようだ」
 ぶつぶつと、にぃちゃん先生はひとり言をつぶやいていました。
 鏡はさらに映像を映し出していきました。何度も短い期間で野菜を作られ弱ってしまった土の力、一回だけ野菜を作りそのまま放置されてしまった畑……、にぃちゃん先生はさらに怖い顔になっていきました。

「焼畑が別に悪いわけじゃない。伝統的な焼き畑農業は持続的にされていたし、だから否定はしない。植物の成長を無視したサイクルが問題なんだ。土の力を奪うだけ奪い、これじゃあ森をまた育てたくても育てられない。砂漠化していくだけだ。それにこんなに森を焼いて二酸化炭素を大量に出して、地球温暖化を加速しかねない。煙の被害もだ……。人体への影響、そこに住む生物たちへの影響、酸性雨……。一回だけ使って放置、森をまた育てられるような土に戻してあげないといけないのに……。植物は二酸化炭素を吸収するのに、人間は二酸化炭素を出させたままか……」
 にぃちゃん先生のつぶやきは、さらにぶつぶつと熱くなっていきました。ふうちゃんには何のことだかさっぱりわかりません。が、にぃちゃん先生が怒っていることだけはわかりました。ふうちゃんは、にいちゃん先生のシャツの右袖をつかんでひっぱりました。
「何だい? ふうた」
 にぃちゃん先生が、ふうちゃんの方を見ました。
「にぃちゃん、にぃちゃん、見て!」
 ふうちゃんはそう言い、大きく口を開けて舌をベロンと出しました。
 それを見たにぃちゃん先生は、大きな声で大笑いました。
「ふうた、そっくりだ! アルベルト・アインシュタイン博士だね」
 そうにぃちゃん先生が言うと、ふうちゃんは大きくうなずきました。にぃちゃん先生の本は重いものばかりで、しかもちんぷんかんぷんなものばかりでした。ふうちゃんは以前、たまたまにぃちゃん先生が開いたまま、置いてあった本を眺めてみたことがありました。にぃちゃん先生が尊敬する博士の本でした。その本に載っていた写真がおもしろくて、思い出しました。
「ふうたは、物まね上手だなぁ。そういえば、アインシュタイン博士の言葉に『無限なものは二つ存在する。それは宇宙と、人間の愚かさだ。しかし、前者については断言できない』というのが、確かあったなぁ。でも『人間性について絶望してはならない。なぜなら我々は人間なのだから』という言葉もあった。そして『空想は、知識よりも重要である。知識には限界があるが、空想は世界すら包み込む』という言葉がある。ぼくが好きな言葉だよ」
 にぃちゃん先生は、いつものように穏やかな表情で言いました。そして、

    冒険

  冒険は 未来を
  この胸に運んでくる
  さあ ドアを開けて
  遠い 遠い 場所へと
  ぼくは 歩き出すよ

  冒険は 心の
  やさしさや強さわかる
  遠い 遠い 場所へと
  ぼくは 進んで行くよ

  まだ誰も知らない
  そんな場所があるはずだよ
  未知という言葉が
  ぼくを 呼んでいるよ

 という、歌を歌いました。にぃちゃん先生は、しばらく歌を口ずさみながら、天井を見上げていました。そしてふと、ふうちゃんの方に向き直りました。
「ぼくがこれからしようと考えていることが、果たして正しいことなのかわからないけど、でも何かせずにはいられない。ということで、ふうた、ちょっと冒険へ出てみないか?」
「にぃちゃんと一緒に?」
「えっ? まさかぁ、ぼくはいけないよ。ぼくは人間だ。人間が行くには、いろいろな手続きをしないといけないからね。時間と手間がうーんとかかってしまう。でも、森は少しでも早く回復させないといけない。だからさぁ、ふうた、君だけだよ」
 にぃちゃん先生はアハハと笑いながら言いました。ふうちゃんは、何だか嫌な予感がしてきました。それは最近出来上がったにぃちゃん先生の発明品で、ICチップ入りの割れない風船のことです。
「ふうた、嫌かい?」
 にぃちゃん先生が、ふうちゃんに聞きました。ふうちゃんはにぃちゃん先生の顔を見ながら、迷っていました。
「嫌ならいいんだよ、ふうた」
「べっ、別に嫌じゃないよ、にぃちゃん。ぼく、犬だからよくわからないけど、でも、本能でこの星が病んでいることはわかるよ。怪我していて、痛い痛いって言っている声が聞こえるよ。ぼくは大したことできないけど、手助けできることならするよ」
「そうか、そうか。 ありがとう、ふうた!」
 そうにぃちゃん先生は言うと、ふうちゃんをひょいと持ち上げて抱きしめました。
「そうと決まったら、早速準備だ!」

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