コスモスの花咲く頃に
『幸子』

著:HaL  価格:450円  レーベル:詠月文庫

【冒頭試し読み】

コスモスの花咲く頃に
[著]HaL

※この作品は縦書きでレイアウトされています。
※この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件とは一切関係ありません。

目次

【序章】『ママの花』
【第一章】『七年前』
【第二章】『戦いの始まり』
【第三章】『ひと時の休息』
【第四章】『第三クール開始』
【第五章】『新しい生活』
【第六章】『永遠の誓い』
【第七章】『新たに芽生えた命』
【第八章】『娘の誕生そして移植』
【第九章】『移植の失敗』
【第十章】『初孫を前に』
【第十一章】『天国と地獄、そして…』
【第十二章】『待望の瞬間』
【第十三章】『まさかの再会』
【第十四章】『大切な仲間達』
【第十五章】『引っ越し』
【第十六章】『我が子との再会』
【第十七章】『退院の時』
【第十八章】『まさかの再発』
【第十九章】『再入院』
【第二十章】『紗希の願い』
【第二十一章】『待望の我が家』
【最終章】『コスモスの花に囲まれて』

【序章】『ママの花』

 この日哲弥は、初めて娘の美沙希《みさき》を連れて思い出の地へと足を運んだ。
 それはあの悲しみの日以降初めて休暇をとっての事であり、そしてそこは彼が亡くなった妻に一世一代のプロポーズをした大切な場所でもあった。
「パパ、ここどこ?」
「ここかぁ? ここはパパとママの思い出の場所なんだ。ここはパパがママに結婚してくださいってお願いしたところなんだよ」
「ふーん、じゃあ大切な場所なんだね」
「そうだよ、ここはパパとママにとってすっごく大切な場所なんだ」
「すっごく良い所だねぇ、遠くの方までよおく見えるよ」
 美しい景色を眺めている美沙希に対し、哲弥は一番のお気に入りの場所へと呼び寄せる。
「美沙希来てごらん、ここにもママのお花がたくさん咲いてるよ」
 哲弥に呼ばれた美沙希がその声のする方に向かうと、そこにはコスモスの花が満開に咲き誇っていた。
「わぁほんとだぁ、ママのお花がいっぱいだね」
「そうだな、どうだママの花は、きれいだろ」
「うん、すっごくきれい。でもさあパパ、どうしてこのお花がママの花なの?」
「そっか、美沙希はまだ知らなかったな?」

【第一章】『七年前』 

「次の方どうぞ」
 病院で医師として働いていた哲弥《てつや》の前に現れた彼女を見て、彼は驚いてしまった。
 あまりの出来事にカルテの名前を確認するとやはり間違いなかったが、それでも確信が持てずもしかしたら同姓同名の別人かと思うほどであった。
「よろしくお願いします」
 哲弥が診察室のデスクで紹介状を読んでいると、診察室に入って来た彼女が不安そうな表情を浮かべながら一言そう言った。
「紹介でいらした高見沢さんですね、しこりがあるという事ですが、ちょっと見せて頂けますか」
(やっぱりそっくりだなぁ、でもまさかこんな所で会わないよな? それに雰囲気《ふんいき》があの頃と随分《ずいぶん》違うし……)
 しかしそんな彼女は、哲弥の顔をまじまじと見つめ始めた。
「あのどうしました? 患部を見せてほしいのですが」
(なんだこの人、人の顔をじろじろ見て変な人だなぁ?)
 その後確信を得た彼女の不安は一気に吹き飛び、突然しゃべり始めた。
「やだ、もしかして哲弥? やっぱり哲弥よね、随分久しぶりじゃない、さっきから誰かに似てると思ってたんだよねぇ、そっかぁ哲弥医者になったんだぁ、哲弥の家は大きな病院を経営してるんだものね、それに医学部目指してるって言ってたし、夢がかなったんだぁ」
(なんだいきなり、それにどうして俺の名前を知ってるんだ? ネームプレートには名字しか書いてないのに、だけどなんか見覚えある顔してるんだよなぁ?)
 不思議そうに首を傾げる哲弥に対し、彼女はさらに話しかける。
「やだ分からない? 紗希《さき》よ、高校時代のあなたの元カノの高見沢紗希! 思い出した?」
 その言葉により哲弥は、一気に記憶がよみがえってきた。
「やっぱり紗希だったか? 見違えちゃったからすぐに分からなかったよ、どっかで見た事ある顔だと思ってたんだけどなぁ?」
(哲弥ったらなんか様子がおかしいと思ったら気付いてくれてなかったの? なんか寂しいな、でも無理もないよね、高校時代から一度も会ってなかったんだもん!)
「やだあたしそんなに変わった? 哲弥はあの時からちっとも変わらないわね、ずっとかっこいいまんま。でもほんとすごいわね、哲弥がお医者さんなんて」
 元カノとの思わぬ再会にはにかみつつも謙遜する哲弥。
「そんな事ないよ、ついこの間まで研修医だったからな、まだまだ半人前だ」
 その一言に、後ろに立っていたベテラン看護師が一つ咳払いをする。
「やだ哲弥ったら、あたし患者なのよ、患者の前でそんな事言ったら不安になっちゃうじゃない」
 爽やかな笑みを浮かべながら言う紗希を見て、哲弥は久し振りの再会に懐かしさを感じていた。
「あっわりいわりぃ、でも心配するな。自慢じゃないけどこれでも医学部を首席で卒業してるんだ」
(やっぱすごいなぁ哲弥って、ただでさえ医学部なんて大変なのに、そこを首席で卒業するなんて)
「そうなの? 首席なんてすごいじゃない。でもそれなら頼もしいわね、それにしても田舎から出てきた二人がこんな所で再会するなんて世間は狭いね」
「そうだな? みんな元気にしてるかな?」
 その時隣にいた看護師から、早く診察を開始して下さいと言わんばかりの、先程よりも大きい二度目の咳払いが聞こえ、それと共に看護師からの鋭い視線を感じた。
「そうそう、患者で来たんですよね? 診察しないと。懐かしい話たくさんしたいけどあとでな、早く診察はじめないとこの看護師さん怖いんだ」
 うっかり口を滑らせてしまったと思ったとたん、背後から更に鋭い視線を感じた哲弥。
「では患部を見せて頂けますか?」
 するとブラウスのボタンをはずし、胸を見せる紗希。
「なんかお医者さんとはいえ、元彼に診てもらうなんて恥ずかしいね」
 そう言うと恥じらうように診察を受ける紗希。
「何言ってるんだ、見ず知らずのおじさんに診てもらうよりましだろ?」
「確かにそう言われればそうだけどさ、実際どんな先生が診てくれるんだろうってドキドキしていたのよ、出来れば女医さんが良いなって、だって男の先生に診てもらうのって恥ずかしいじゃない、でも哲弥だったら安心ね」
 そんな何気ない紗希の言葉にも注意深く聞きながら診察を続ける哲弥。
「痛みは無いですか?」
「そうねぇ、痛みとかは無いかな?」
「じゃあ脇とか足の付け根とかにはこれと同じようなしこりはないですか?」
「ないと思う、多分ここだけよ。って言うかちょっとどうしたの? 脅かさないでよ。もしかして悪い病気じゃないよね」
 哲弥がいろいろと質問してくるため、だんだんと不安になってくる紗希。
「他には何か気になる事は無いですか?」
(なによ哲弥ったら突然敬語なんて使っちゃって、あたしと哲弥の仲じゃない!)
 そう思いつつ哲弥の質問に応える紗希。
「最近体調がすぐれないの」
「すぐれないとは? 具体的に言ってみてください」
「最近すぐに疲れやすくてずっと微熱が続いてるの。微熱程度で済めば良いんだけど、それがたまに38℃位にまで上がってしまったりして、あとはよく立ちくらみをしたり、風邪かなぁ?」
「ちょっと入院して検査してみましょうか? 大丈夫、念のためだから」
 徐々に不安になる紗希、しかしこの時哲弥はある重大な病気を疑っていた。
 そして検査の予定を組む哲弥。
「早い方が良いですよね、高見沢さんも今すぐには無理でしょうからちょうど三日後が空いてます。その日で良いですか?」
 しかしこの時紗希はためらっていた。
「三日後? そんな急に無理よ、今日だって会社を休んできてるのに」
(そりゃそうだよな、会社勤めしていたら急に何日も休めないよな。でも困ったな? なるべく早くした方が良いのに。俺の取り越し苦労だったら良いんだけど……)
「でもこの日を逃したら十日先まで空いてないですよ、十日後に検査できたとしても結果が出るまでにさらに時間がかかってしまいます。もし大変な病気だったらどうするんですか? その間にも病気は進行してしまう事になりますよ」
「なによ、あたしやっぱり悪い病気なの? そうならそうではっきり言って。それになによさっきから他人行儀に敬語なんか使っちゃって、気持ち悪いじゃない。あたしたちそんな間柄じゃないでしょ」
 そんな紗希の訴えにもかかわらず、未だ敬語で返す哲弥。
「別にそういう訳じゃないですよ、検査だって念のためだって言ったじゃないですか。ただもしもって事があります、その時検査までに時間がかかるとその間に病気が進行してしまう事になってしまいます。あくまでも念のためです、心配ありません。だけど最悪の事も想定しておかなければいけないですから、その事を言ってるんですよ。それに敬語を使っているのは一応医者と患者ですからね、俺たち医者にとっては患者さんはお客様と一緒です、だからそれなりの言葉づかいをしないといけません」
「そんなあたしたちの関係で敬語なんかいいのに、普通にしてよ、それに他のお医者さんはもっと偉そうにしてるよ」
 その言葉を聞いた哲弥は妙な息苦しさから解放され、紗希に対して今まで通りの口調に戻った。
「そうか? そうだよな、俺とお前の間で敬語は無いよな? とにかくあくまでも念のための検査だ、三日後待ってるからな」
「分かったわ、じゃあ三日後お願いします」
「じゃあ詳しい説明は係りの者が来るから、その人に聞いて」
 説明を受けた紗希はこの日はそのまま帰ったが、入院するまでの三日間とてつもない不安に駆られていた。
(まさか入院する事になるなんて、どうしよう大変な病気だったら、でも哲弥も念の為入院して検査するだけだから心配ないって言ってたし大丈夫よね。だけど不安だなぁ、一体どんな検査するんだろう、だけど今から不安がっても仕方ないよね、とにかく哲弥を信じよう)
 そして三日後入院すると、翌日から血液検査や造影剤を入れてのCTなどさまざまな検査が行われたが、ところがそれにより最悪の検査結果が出てしまった。
 数日後検査結果が出ると、哲弥は一人悩んでいた。
(この検査結果を紗希にどう伝えればいいんだ、きっとショックを受けるだろうな、うまくごまかせればいいんだけど無理だろうな? 仕方ない、はっきり言うしかないな)

(続きは製品版でお楽しみください)