ドS御曹司の言いなりペットにされちゃいました

『ドS御曹司の言いなりペットにされちゃいました』 著:如月一花 イラスト:KISERU 本体価格:500円 レーベル:ヘリアンサス文庫

【冒頭試し読み】

目次

ドS御曹司の言いなりペットにされちゃいました
電子限定書き下ろしSS 子作りに掟が⁉

ドS御曹司の言いなりペットにされちゃいました

 アパートの戸が壊れるんじゃないかというくらい扉を叩き、私が出てくるのを待つ、チンピラたち。
 私は怖くて押入れの中に入り、さらにその隅でうずくまって耳を塞いでいた。
「西園寺《さいおんじ》、なんて名前のくせに金がねえなあ‼ なあ? 西園寺なずなさんよぉ」
(恥ずかしいから、そんなバカでかい声で私の名前を叫ぶのは止めて!)
 私はさらに耳を塞いだ。
 もう何も聞きたくない、あんな奴ら知らない。
 西園寺なずななんて、嫌い。知らない。
(お父さんとお母さんのバカ‼)
 さかのぼる事、半年前。私の両親は過労死した。
 詳しいことは分からないが、父も母も私のことなんて忘れたかのように働いていたことを覚えている。
 両親は小さな町工場を営んでいた。でも、借金が一億もあるなんて知らなかった。精々数千万程度だろうと考えていたし、沢山働いていたんだから、借金なんてそんな額になっているなんて思えない。
 いや、そもそもそんなに多額の借金が出来るなんてことすら、知らなかった。
 知っていても、それは赤の他人だろうと今まで思っていただろう。
 小さくても会社を経営するっていうことは、そういうことなんだと両親が死んで思い知らされた。
 一億なんてお金はどうやって返したらいいか分からないと真面目に答えていたら、そのうちチンピラみたいな奴らが現れ、ソープに沈めればいいと言い出した。
 つまり、今のOL生活とは真逆の夜の世界とか、風俗とか、そういう方面で返済しろと言いたいらしく、私はこうして、毎日部屋に隠れて逃げている。
 いや、逃げているというか、隠れているのが精一杯だった。
 警察に通報していいのか分からないし、通報してもまた戻ってくるんだろうし、とにかく、私の身に降りかかった一億円という借金は、両親が死んでから突然降って湧いた災難だった。
「とにかく出て来いやあ!」
 どこぞのレスラーが言いそうな一言があまりに大きな声だったので、私は思わず身を竦ませた。ジッとしていればいつかは帰る。
 これがセオリーだ。
 そう思った途端、ドアの向こうは静かになった。
 私は恐る恐る押入れから出て、外の様子を伺った。
 この押入れだって、せっかくあるのに私の物がないから空っぽだ。
 お金がいつもない。
 共同スペースの狭い廊下は未だに静かだ。
 どうやら今日は諦めてくれたらしい。
 今日は、だけれど。
 私はため息を吐いて、カラカラに渇いた喉を潤すべく、蛇口をひねった。
 水が出ない。
「う、そ」
 その場でしゃがみ込んで生唾をゴクリと飲み込む。
(マジ? あれ、料金滞納したっけ? どうして水道止まるんだろう。最悪)
 私が超貧乏だってことは国も許さないってことですか!
 ゴクリとまた生唾を飲む。
 喉が渇いた。
 仕方ないので、私はなけなしの百円を使ってペットボトルの水を買いに出た。
 近くの自動販売機は全てが百円なのだ。
 ちょっとだけ安いから、こういう時くらいは仕方ない。
 ノーメイク、上下よれよれのスウェットだけれど、近所だからいいかと思い財布を持って出て行った。
 中身だって寂しいものだ。今月のお給料が十五万。
 家賃だの光熱費や食費を抜いたら、月末の今日なんて何も残らない。
 アパート前の公園を素通りして、つぎの曲がりかどの隅にある百円の自動販売機を目指す。そこまで走ればきっとチンピラも巻けるだろう。
 すると、そこにはさっきの奴らがいた。
「なんで」
 私はさっと走り公園まで逆戻りして、遊具に隠れた。息が上がり、胸で呼吸して、二人組のチンピラをじっと見つめた。
 早くどけと念じているけれど、一向に動かないで煙草なんて吸っている。
 近所の人が嫌な顔をしてその様子を見ているのに、全く気にしていない。
「あいつ、俺達が水道管わざと壊したの分からねえだろうな!」
「分からねえだろ! バカだからな。そのうちくるぜ。ここに」
 その会話が私の耳に響いてきて、勝手に涙が出た。
 チンピラって、案外怖い。
 やることが、えげつない。
 走り回ったせいか喉が、渇いた。
 私は公園の中に水道がないか探すことにして、ウロウロ公園を歩いた。
 働いているのに、どうして公園の水道を飲まないといけないのだろう。
 どうしてこんな惨めなんだろう。
 途中で歩くのを止めて、近くのベンチに座ったのにかえって嗚咽をが止まらなくなっていた。
 俯いて、誰かから何か言われても、悲しくて悲しくて涙は止まらなかった。
 両親のいる天国へこのまま行きたい。そんなことがふとよぎった。
 生きている意味がないわけじゃない。
 ただ、こんな風に借金取りに追いかけ回される人生がこの後もずっと続くことに耐えられなくなってきている。自分が借金したわけでもなく、両親だってワザと作ったわけじゃない。
 このまま、目を閉じて天国に行けたらいいなと思ってしまう。
「どうしてなんだろう。親は選べないし、借金作って死んじゃうし」
「随分ヘビーな人生だな?」
 聞いた事のない低い声に、私は思わず顔を上げてしまった。
 目の前には、綺麗に整えた黒髪、冷たそうな切れ長の瞳があった。
 イケメンだ、と思ったけれどどこか怖そうな印象を受けて、私はなんとなく声が出なかった。
「金、やるよ」
「え? いりません!」
「やる。ボランティア活動しろって周りがうるさいからな」
「ボランティアって……というより、どちらさまでしょうか?」
「……誰でもいいだろ」
「よくありません」
「あんた、そんな余裕あるのか?」
「そんな。いりません! というより、本当にどちらさまでしょうか」
「誰でもいいだろ。ていうか、あんた、そんな余裕あるの?」
 そう言った矢先、さっきのチンピラが私を見つけて大声を出してこちらに走ってきていた。
「もうあいつら来るけど」
「で、でも」
 私が口ごもってしまうと、その男性は更に続けた。
「お前の借金、俺が払ってやる。その代わり、俺と結婚しろ。それで貸し借りなしだ」
「そんなわけの分からないこと!」
 私が反論している間に、さっきのチンピラが来てしまった。
 あっという間に囲まれてしまい、金を出せと詰め寄られる。
 私は怖くて財布を出すと、チンピラはなけなしの五千円札を抜き取ってしまった。
「これだけかよ! いつ借金返済出来るかわかんねえな!」
「ですから、仕事して返しますので」
 私が必死に言っている時、さっきのイケメン男性は腕組みをしてその様子を見ていた。
(は? なんでじっくり見てるの)
「た、助けてください!」
 さっきの男性に必死に言うと、その人は冷たく口角を少しだけ上げた。
「知らん」
「知らんって、さっきは助けてくれるって言ったじゃないですか‼」
「あんたがさっき俺との契約を交わしていたら、こうはならなかったな?」
「だってあんな無茶なこと本気にすると思います?」
 私と男性が話していると、チンピラが割って入ってきた。
「おいおい。そこのあんちゃん。あんたが肩代わりしてくれるのかい?」
「いや。俺は関係ない」
 そう言って足早に去る男性。
 その足取りは躊躇ない。
「ちょっと待って! 待ってください‼ 結婚でもなんでもしますから! だから、お金ください‼」
 仮面ライダーに変身するかのように必死に叫ぶ。
「そんなことで結婚するのか⁉ とうとう疲れて頭がおかしくなってきてるな。そろそろ、ソープに沈め時だ」
 チンピラは私を嘲笑う。
 でも私にはこれしかないのだ。生きる道も逃げる道も、悲しいことに見知らぬだれかに縋るしか。
 すると、その男性はくるりと振り向いた。
「そんなお願いの仕方があるか」
 鼻で笑うように言われた気がした。
「お願いの仕方って」
 そう言って、また歩き始めてしまうその人。いや、そいつ。
 私はチンピラにどこかに連れて行かれていきそうになり、ずるずると引きずられた。
 一気に怖くなり、叫んだ。
「お願いですから助けてください‼ お願いします‼ お願いです‼」
 涙混じりに私が言うと、そいつはさらに口角を上げてニタリとした。
「いいだろう。おい。チンピラ。そいつの借金はいくらだ?」
 そいつが私の悲鳴のような懇願に反応したのがなんとなく分かった時には、もう遅かった。
 小切手と思われるものをポケットから出すと、金額をスラスラと書いていく。
 金額を見せるとチンピラはニタリと笑い、その小切手をよこせと手を出していた。
 その男性は焦ることもなく、紙をびりっと破いて小切手を渡す。
 一瞬見えたゼロの多さに、私は驚いて息が止まるかと思うほどだった。
 その様子が、まるでスローモーションで流れているかのように見える。
 一億という大金を持っている人は持っているんだなあと、他人事のように思いながら、チンピラがその小切手をぐしゃりとポケットに突っ込んだのを確認した。
「これであの子に手を出すことは止めてくれるよな?」
「金さえ返してもらえればいいんですよ」
「だ、そうだ」
 チンピラに大金をホイっと出した男性は、同時に私の方を見た。
 どうやら私に締めくくりの御礼の一言を言って欲しいらしい。
「どうも、お世話になりました。それから、その、どちらさまか分かりませんが、ありがとうございます」
 どこか感情を込められないで適当に言うと、その男性は眉間に皺を寄せた。
 チンピラはさっさとどこかへ行ってしまい、もういなかった。
「財布に五千円しかないのに、一億も借金とは。自己破産や財産放棄は考えなかったのか?」
 淡々と男は言う。とても機械的に冷淡に。
 なんとか知っている素振りをせねばと頭を必死に働かせた。
「じ、事故を起こして、ハサン……。そんな事故なんて私は起こしてませんし、そんなことで破産なんて嫌ですし。なんなんです? お金を払って頂いたのは、その……、どちらさまか知りませんが」
「自己破産も知らなかったのか。本当にバカだな。信頼できる顧問弁護士や税理士などはいないのか。普通真っ先に相談するだろう?」
「バカ、バカっ……て。何様ですか!」
 怒りが湧いて、思わず睨む。すると男は自分を冷たく見つめていた。
 負けたら最後、今度こそ地の底に突き落されかねないと、気が張っていく。
 助けられたことは有難いが、こんな態度をされて静かに頭を下げるのは嫌だった。
「私、そんなにバカじゃありません」
「そうか?」
 その時ふと、借金の肩代わりに結婚するという言葉が脳裏に蘇ってきた。
 こんなやつと――。
「あの、結婚しろって嘘ですよね?」
 私が恐る恐る聞くと、その人はまた一瞥して私に向き直った。
「嘘なわけがあるか。ちょうどいいペットが欲しかったんだ」
(ペット……?)
 結婚する旦那さまが奥様をペット扱い? 途端、頭にふわっと首輪で繋がれた自分の姿が妄想される。謎の檻に入れられて、この男に好きなように飼育されているのだ。
(ひいいい! そんなのいやっ! 絶対いやっ!)
「あの、私、帰ります」
「逃げるなよ」
 私がくるりとターンしてアパートに戻ろうとしたら、低い声で唸るようにその男性は言った。
 怖い、怖すぎる。
 チンピラより性質が悪いかもしれない。
 私がまたその人の方に向くと、腕組みをして私を睨みつけていた。
「東堂三成《とうどうみつなり》だ」
「はい?」
 なんのことか分からず素っ頓狂な声で返事をすると、その人は舌打ちをした。
「自己紹介もせずに夫婦なんて無理だろう?」
 呆れたように鋭く睨まれる。
「東堂、さん」
「そういうことだ。よく覚えておけ」
 そうしてそれだけ言うと、公園の近くに止めてあったカッコいい感じのバイクに乗って走り去って行ってしまった。
 私はポツンと公園に取り残されて、響くバイク音を聞いていた。
「本当に、だれ、あの人」
 ぴゅーと風が吹き、何年も着ているスウェットの隙間に入り込んできて、私は身を竦めた。
「さむっ! とりあえず、帰ろう」
 アパートに走って戻って来たとき、私はふと気が付いた。
 水が出ない。
 途方に暮れて立ち尽くし、玄関でしゃがみ込んでしまった。
 それをどうにかしたくて外に出て自動販売機まで飲み物を買いに出たのに、何も買ってない。
「水、どうしよう。そういえば、東堂さんは旦那さまなんだから、こういう時に助けてくれるはず!」
 何か連絡先を交換したような、と思った瞬間だった。
「あの人、名前名乗っただけだ」
 しかも仁王立ちで。
「お金は嬉しいんだけれど、水、みず~。旦那になったんなら助けてよぉ」
 泣きたくなったその時だった。
 部屋をノックする音がする。
 誰だろうと小窓を覗くと、なんと東堂さんがいた。
 ところで、なんで私の部屋を知っているんだろう。
 恐る恐る扉を開ける。
「名前を聞き忘れた」
「え?」
「あんたの名前だ。ペットにも名前は必要だからな」
「だから私はペットじゃありません!」

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