『激烈の狂歌 ~歌シリーズ・大地編~』 著:朝陽ゆりね 表紙&挿絵:緋月アイナ 価格:500円 レーベル:アプリーレ文庫

ファンタジー長編「歌シリーズ」第四弾が登場です!

【冒頭試し読み】
■もくじ

第一章 恐怖
第二章 恐慌
第三章 絶望
第四章 粛清

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■登場人物

ルドレック・ランサス……ランサス家当主。爵位は伯爵、軍階級は大佐。
レティシア・ランサス……ルドレックの妻。隣国の出。
オズワルド・ランサス……ルドレックの父。隠居して自由に暮らしている。
ティルナ・テオール……ルドレックの妹。
アレン・テオール……ティルナの夫で医師。

エンドリード・セフィン・フィロウ……ライセイン帝国の皇太子。後のセフィン帝五世。
リーナ・マリー・フィロウ……エンドリードのいとこにして皇太子妃。
イリア・クルス……エンドリードの側室の一人でリーナの侍女。
マシュナ・シーゼン……エンドリードの側室の一人で、最初の皇子を産んでいる。
バスラ・ランドックス男爵……オズワルドの親友で前皇帝の腹心の一人。

セルト……創造神の塵から生まれた妖精王、アーゼの王。
ラーヤ……創造神の髪から生まれた大樹の妖精王、リムの王。
クワトラ……創造神の汗から生まれた大海の妖精王、シーナの王。
アクエス……創造神の涙から生まれた氷雪の妖精王、フォーンの王。
カヌス……創造神の息吹から生まれた砂漠の妖精王、バウの王。

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 誰が悲劇を呼ぶのか
 誰が悲劇を負うのか
 誰が悲劇を祓うのか

 誰が希望を導くのか
 誰が決意をするのか

 人は未来を願うしかない――

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第一章 恐怖

「エンドリード皇子、いい加減目を覚まされよ。あなた様は現在皇太子であらせられるが、即位なさる頃には財政難で破綻し、まともな生活が送れなくなっておりましょうぞ。それともなんですかな、破綻が決定的となれば、すべて捨ててどこぞの国に逃げ込もうとでも考えておられるのでしょうか」
 謁見の間に響きわたる声、そしてその言葉に一同は主君の返答を想像して顔をしかめた。バスラ・ランドックス男爵の諫言に、主君が激怒することはわかりきっていたからだ。そしてその怒りは、必ず無情な結果を招く。ライセイン帝国の皇太子エンドリード・セフィン・フィロウは、自身のやり方に意見した者を捕らえた挙げ句、死を以て贖えと命じるような非情な男であり、諫言が命取りになることを誰もが痛いほどよく理解していたからだ。
「言いたいことはそれだけか?」
 返事は――想像した通り、怒りの孕んだ冷たいものであった。
「言えとおっしゃるならいくらでも申し上げます。あなた様のなさり様は支配者にあらず」
「そうか。よくわかった。では、貴様の進言に答えよう。返事は、死罪だ」
 一同が項垂れる。あまりにも想像通りの状況に言葉がない。
 そんな中、凛とした若い男の声が響いた。
「エンドリード皇子」
「……誰かと思えばルドレックか。なんだ。なにか反論があるのか?」
 ルドレック・ランサスが勇敢にも前へ出る。彼は貴族階級では伯爵であり、ライセイン軍内の地位においては大佐の位に就いていた。
 聡明で優秀な帝国の武官は、一同が息をのんで見守る中、明朗な口調で話し出した。
「ランドックス男爵は信頼も厚く、属州国、諸外国からも一目置かれ、このライセイン帝国にはなくてはならぬ存在です。もし男爵を処したならば、卿を支持する国民から不信が起こる上、他国に対しても侵略の種を蒔くものと考えられます。皇子のお怒りはわかりますが、この処置では逆効果となることは必至。皇子は自らの手でご自身の身を危うくすることとなりましょう。卿の処罰を再度お考え願えないでしょうか。どうかこのルドレック・ランサスに免じ、お聞き届けいただきますよう、ようようお願い申し上げます」
 エンドリードの気に触れぬよう言葉を選びながら、ルドレックは慎重に進言した。
 しばしの沈黙が訪れる。皆は主君の激怒を恐れ、身を固くして待った。
「ルドレック、こいつをかばおうと言うのか? 今の戯れ事、聞いていただろうが。この俺を愚弄したのだぞ!」
「いいえ。わたくしは皇子の身を切に案じているだけです。皇子にとって負となることは、たとえお怒りに触れようとも阻止するのが役目、使命でございますし、我が願いでもあります」
 ルドレックはエンドリードと幼なじみだった。子どもの頃は兄弟のように遊んだ仲だった。いつもエンドリードの身を案じ、エンドリードのためになることを考え、取り計ってきた。エンドリードもそれをよく理解し、ルドレックには心を開いていた。そのルドレックの進言だ。さすがにエンドリードも怒りはしなかった。
「皇子にとって男爵の言葉はすぎたかもしれませんが、思いは同じ。皇子が望まれた城は経済や軍略上の必要性に欠けるところがございます」
 ルドレックがはっきり言い切る。黙って成り行きを見守っている官たちが小さく息をのむ音がした。
「必要性に欠ける? そんなもの、俺が欲しいと願う、それだけで十分だろう?」
「いいえ、皇子が望まれた城はことのほか大きく、莫大な費用がかかります。これを無理に建築すれば皇子の評判に多分に関わってくることです」
 俺の評判ねぇ、と、エンドリードがつぶやく。
「男爵も、皇子を案じておっしゃったこと。それを咎めては皇子の力量につまらぬ影を落とします。どうかわたくしの言葉を深くご理解いただき、処罰を考え直していただけないでしょうか」
 エンドリードは謁見の間にいる者達を一瞥し、それからつくろったような口調で「そうだな」と言った。
「他ならぬお前の言葉だ。嘘ではないだろう。怒りは晴れぬが、とりあえず聞き入れるとしよう。男爵の処刑は一時取り消しだ。処罰は追って決定する……これでよいか、ルドレックよ」
「ありがたきお心遣いに感謝いたします、主君エンドリード皇子」
 跪いて深く礼をする。エンドリードはわずかに頷いた。そして精悍で引き締まったルドレックの顔を見つめた。
 輝く金髪に、透き通るような青い瞳。剣術や学問にも長け、ライセイン帝国でも有能な武官として名の通っている男。エンドリードにとっては大事な部下である。口うるさいところもあるが、信頼は十二分にしていた。
 エンドリードは冷たく皆を一瞥すると、わざとらしいほど尊大な態度で謁見の間から出て行った。その姿が完全に消えると、張り詰めていた部屋の空気が和んだ。一同がホッと吐息をつき、胸を撫で下ろす。
「男爵、あまり無茶をなさいませんように」
「すまぬ。またしても救われたな。心より感謝する、ルドレックよ」
 男爵が頭を下げる様子をルドレックは安堵したように見ていた。そこへ脇から声がかかる。
「さすがは大佐。一時はどうなることかと思いましたぞ」
「いやはや、助力のできぬ己が恨めしい限り。ランサス大佐にはご負担をかけるばかりであるが、皇子の件に関しては今後もよろしくお願いいたしますよ」
「我々はお飾り人形ですからなぁ」
 母国に仕えてきた老官達が悲しそうに続ける。皆それぞれに守るべき存在がいる。家族然り、屋敷の使用人たち然り、領地の民然り。当主たるもの、これを守るのが使命だ。仲間だった者たちがエンドリードの言葉一つで無惨に散っていき、彼らの家族や領地の民が悲惨な末路を辿った現実を何度も目の当たりにすれば、尻込みするのは致し方がない。
 皇帝が病身である現在、エンドリード皇子が国の采配を揮うのは致し方のないことだった。しかし彼のおかげで、豊かだったライセイン帝国の財政は見事なほど傾いた。彼は金のかかる遊びがことのほか好きだった。特に女をはべらし、彼女達にものを買い与えることに喜びを得るようであった。
 特に気に入った女には、城を建て、贅沢極まりない生活をさせている始末である。また気の多い皇子のこと。女達は先を争って着飾り、美しく見せて皇子の気を引こうと高価な買い物に走った。そんなことから、帝国は容易ならざる財政難に喘ぐ日々が続くようになった。彼女達の貪欲な生活は労せず帝国の懐を食いつぶそうとしていたのだ。
「ところで大佐。左のご夫人、なんとかなりませぬかな」
 白髪も凛々しい老子爵が密やかに耳打ちした。
「左の方がことのほか浪費しておられる。かのご婦人は、三人程度の存在です」
「側室に関しては私でも罷りなりません。ご期待に応えられず、残念です」
 ルドレックは素直に陳謝した。十数名いる側室の中でも、左の方ことマシュナ婦人は第一番の皇子を産んだことで側室の頂点に立つ女だった。よって権力もただものではない。今年五歳になるルー皇子を前面に押し立て、貴族軍人達を平伏させている始末だ。
「ご正室を得られて少しは落ち着くかと考えておりましたが……甘かったようです。リーナ様にはまったくのご災難。想いを寄せるお方との縁談も決まりかけていたというのに、それを潰してまで皇子との話を進めた結果がこれです。不憫でなりません」
「リーナ様は驚くばかりにお美しい。可憐で蝶のようじゃ。また人々を魅了する貴婦人きっての歌姫。お心も限りのう優しく、思いやりにとんだお方だというのに、毎日皇子の女遊びとつれない態度に悲しんでおられる。あれだけのご器量の姫君を得なされて、どこに不満があるというのであろうか。わたしには理解できませぬ」
「リーナ様には満足なさっておいでです」
 ルドレックは短く言った。ただ続く言葉を飲み込んだだけだ。皆それを理解していた。
 皇子はただ目新しいものが好きなだけだ、と。新しい女が欲しいだけなのだ、と。
「皇子も今年二十五。そろそろ政に専念し、つまらぬ道楽から足を洗っていただきたいものだ」
 ルドレックは深く頭を下げ、静かに部屋から出て行った。どれほど文句を言ったところでなにも始まらない、なにも変わらない。文句だけ百人前でなにもしない家臣達と長くいることは、彼にとって非常な苦痛であった。そして彼は焦心した体と心を癒やすため、一人になりたかった。
(愚かな。陰で不満を述べたところで、事は改善されぬというのに。しかし、だからといって皇子に意見せよとも言えぬ。それは死ねと言っていることと等しい。……誰も皇子を諭すことができないなどと、なんと恐ろしいことか。このままでは、この国は滅んでしまう。自らの手によって、自らの首を絞めている。皇子がそのことに気づくのは、いったいいつなのだろう)
 ルドレックは胸のうちで細く笑った。自らを嘲笑する悲しい笑みだ。
(おそらく……僕はその時まで生きてはいまい。逆鱗に触れ、葬り去られることだろう。皇子に意見する唯一の存在を、恐れのために捨てることもまたできぬ。我が国のためにも。

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