『目が覚めたら、セクサロイド』 著:猫宮乾 イラスト:E缶 価格:300円 レーベル:フリチラリア文庫

【冒頭試し読み】

目次

【1】目が覚めたら、セクサロイド
【2】与えられる快楽
【3】たった一つの……
【4】本物
【5】不幸せと幸せの訪れ方
【番外】サン・ジョルディの日(後日談)

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【1】目が覚めたら、セクサロイド

券売機の前に立ち、俺は、温かい唐揚げ蕎麦を選択した。
学食で一番早く出てくるのは、この食券機を使った麺類だ。他の席にはタッチパネルがあるが、昔ながらの食券の方が早いというのも不思議だなと思う。俺の家族の時代は、こちらの方がメジャーだったというのも、俺には新鮮な昔話だった。
大学に入学して、ようやくひと月が経過した。五月、もうすぐ梅雨の季節だが、今はまだ青い空が広がっている。
「何にしたんだ?」
そばを片手にテーブルに向かうと、席を確保してくれていた友人が顔を上げた。見登(みのり)だ。大学に入って初めて出来た友人である。オリエンテーションで隣の席だったのがきっかけだ。こちらはタッチパネルで頼んだパスタが先に届いていた。別々の講義をとっていたから、見登の方が、終わるのが早かったのである。
「唐揚げ蕎麦」
「夕凪(ゆうなぎ)は、蕎麦、好きだなぁ」
夕凪水琴が俺の名前だ。俺達は現在、苗字を呼び捨てにする仲だ。
「俺、待ち時間が嫌いでさぁ」
細く長く吐息をしながら答えて、俺は箸を割った。すると見登もフォークを手に取る。
「あれ、そういえばさ、夕凪は健康診断で引っかかってなかったか?」
その時、不意に思い出したように、見登が言った。俺は唐揚げを食べながら、小さく頷く。健康診断は、入学してすぐ、オリエンテーションのあとに行われたのだ。
「ま、どうせ平気だって」
「まぁなぁ。ひっかかったって言っても、貧血とかでひっかかる奴多いって話だしな」
「そうそう。それより、午後講義取ってないんだろ? 俺はサボるから、どこか行かない?」
「お、いいねぇ」
こうして俺達は、昼食後、大学を後にして、バスに乗った。とは言え、俺も見登もそう金銭的余裕があるわけでは無かったから、行き先は大体決まっている。近くにVRを使ったゲームセンターがあるのだ。大体俺達はそこに行く。
VRでは、その場にいるかのように、様々な景色を見る事が出来る。本日の俺は、天然記念物の木々を見る事にした。太古から存在するという樹齢数千年の大木を眺め、鹿の姿を視界に収めた。ただ、目の前に風景が広がるだけだから、その場にいるような気分にはならない。それもあって、すぐに飽きてしまった。
俺はVRから離れて、見登に視線を向けた。あちらはVRで車の運転ゲームを楽しんでいたが、俺に気づいたようで、こちらにやってきた。
「あ、そうだ。俺、彼女と同棲するから、食器買いたいんだよ」
「リア充め。羨ましいなぁ」
こうしてその後は、二人で買い物に出かけた。俺はぶらぶらしながら、何気なく指輪コーナーの前で止まった。ペアリングが飾られている。俺もいつか、恋人が出来たら指輪をはめてみたいものであるが――残念ながら、大学生になったというのに、俺には恋の気配が皆無だ。
見登は、入学してすぐに、彼女が出来ていた。見登のそばに戻ると、丁度セットの青と赤の箸を買っていた。おそろいらしい。揶揄しつつも、俺は素直に祝福した。

◆◇◆

――梅雨が訪れたのは、それからすぐの事だった。
その日は、雨が降っていた。俺は、病院へと向かいながら、早く帰ってゲームでもしようかな、なんて考えながら、傘をさして歩いていた。
結局……春に大学で行われた健康診断で、運悪く引っかかった俺は、行きたくもないのに、病院へ促され、現在は遅くなったが出かける最中である。ただ少しだけ、血液検査で異常があったらしい。
どうせ大した事は無いだろう。
そう考えて、二ヶ月半放っておいたのだが、わざわざ実家にまで、端的に言えば『病院に早急に行くように』という封書が届いて、両親が狼狽えてしまったのだ。だから面倒だったが、現在俺は、病院へと向かっている。見登にも心配された。
近所の総合病院は、混雑していた。俺は受付をしてから、待合室の椅子に座り、問診票を書きながら、早く帰宅したいとばかり考えていた。俺は、病院が嫌いだ。病院というより、長い待ち時間が嫌いなのだ。
診察室へと入ったのは、それから四十分後の事だった。
さっさと帰りたい。そう思いながらお医者さんに顔を向ける。
すると男の先生は、感情の伺えない表情で、静かに俺を見た。
「新型D血管炎症障害です」
俺は最初、聞いた事の無い病名に、ただ単に首を捻った。すると穏やかな声で、先生が続けた。
「古くは、自己炎症症候群に分類されていたのですが、昨年、難病に指定された病気です」
え。難病……? 俺は、ポカンとしてから、腕を組んだ。
「それって、治らないって事ですか?」
「ええ。原因も不明であり、現在は治療方法も確立されてはいません」
「ま、まさか、死ぬような病気じゃないですよね?」
「――非常に致死率が高い病気です。すぐにご家族に連絡をなさって下さい」
「い、いやいやいや、誤診じゃ?」
「お気持ちは分かります」
俺は、膝の上に手を置いた。そして唾液を嚥下する。突然の自体に、理解が追いつかない。その後、どうやって診察室を出たのかも、俺は覚えていない。スマホを握り締めて、実家に電話をした事を、おぼろげに覚えているが――その次の記憶は、両親が飛んできて、俺の入院手続きをしている光景だ。
そのまま――俺は、その総合病院に入院する事になった。
主治医は、俺に病名を告げた鴇冬(ときとう)先生だった。
病院は……暇だ。俺には、体感的には、なんの自覚症状も無かったから、ただぼんやりと、最初はスマホでゲームをしていた。近日中に『死ぬ』と宣告された状態だったが、受け入れられないというよりも、全く信じられないでいた。現実逃避だったのかもしれない。
アプリでは、最初はずっと見登とやり取りをしていた。しかし次第にその頻度が減った。理由は簡単だ。見登には、俺ではない大学の友人が次々と出来ていった事だと思う。サークル活動の楽しさなどを最初は語っていた。それが、俺には無いものだったから寂寞も感じたが、何より呆気なく繋がりが切れてしまった事が苦しかった。
病気は、俺の命を奪おうとしているだけではなく、俺の周囲の人間関係まで奪っていった。俺は、一人だ。正直、人が恋しかった。だからゲームをしていたのだと思う。アプリの向こうには、チャット相手が沢山いた。だが、現実で会える相手は両親だけだった。主治医の先生や看護師さんは、そんな俺を時折慰めてくれたが、俺の心は正直塞いでいた。
けれど俺は、そんな内心を知られるのが嫌だったから、明るく振舞った。我ながら、カラ元気だったと思う。
――それから半年が経った時、両親と鴇冬先生が、揃って俺の病室に訪れた。
そして言った。
「水琴君。致死確定疾患に対する、冷凍睡眠(コールドスリープ)法案が通ったのは知っているかい?」

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