『篁流陰陽術師事件帖1 孤月』 著:日南れん イラスト:モルト 価格:200円 レーベル:アプリーレ文庫

【冒頭試し読み】

目次

第一話 継承
第二話 悲恋

:第一話 継承:

空気が、ざわめく。
そんな日は、月にお伺いを立てる。
月は、己が狩るべき「ターゲット」がどこにいるのか、どうやってそれを狩れば良いのかを、静かに教えてくれるのだ。
篁流陰陽術の正式な術師になって七年。
幾度となくこうして妖たちを狩ってきた。
「今日は……大物が出たわ。東口公園の方ね――」
都心にある高層マンションの上層階、窓に張り付いた長い髪の少女がつぶやく。
彼女の傍でいくつかの気配が動いた。彼女が使役している『式』と呼ばれる物の怪たちだ。
彼らは口々に、大物を追跡してみろと言う。
「そうね、放ってはおけないものね」
目を閉じて意識をそちらへ放つ。霊力の動きに合わせて、ふわり、黒髪が揺れる。
彼女の脳裏に浮かぶのは、公園通りを疾走する赤い動物。
角をはやした、巨大な虎のような妖怪だ。
そんなものが人の目に映ったら大混乱だが、幸いにして現代人はそれを感じたり見たりすることはないし、妖怪たちの攻撃が直接あたることもない。
「……あ、妖気が膨れた……」
一瞬にして妖怪同士が戦い、負けた方が虎に食われたのだろう。
虎の背に翼が生えた。きっと、食った相手が飛行タイプだったのだろう。その虎は、たちまち周囲の妖怪を食べていく。
目をあけると同時に、支部長に連絡しなくちゃ、と、スマホを手にする。
『はーい、こちら現役女子高生陰陽師桔梗ちゃんのスマホでーす』
「あ、もしもし、わたし、篁流陰陽術次期宗家の羽塚沙羅です」
『おー、沙羅ちん、どしたの?』
電話の向こうで、少女の明るい声がする。沙羅とは幼なじみで同い年の女子高生陰陽師である。
「お忙しいところごめんね。今どこにいる?」
『あーあたしねぇ、コッチでじーさんの説教喰らってんのよ』
こっち、というのは異界、じーさんというのは神仙界の長老のことである。
「あーそうなのね。……って、桔梗ちゃん、何やったの?」
『んー、大したことじゃないんだけど、式神があれこれ口うるさいから、異界に戻れって命じたらほんとに戻っちゃってさぁ……』
「ええぇ……」
異界に戻れと命じるほうも命じるほうだが、承知しましたと素直に戻ってしまう式神も式神である。
ふふ、と、思わず沙羅は小さく笑う。取り澄ました式神に食って掛かる活発な桔梗の様子が目に浮かぶ。
『沙羅ちん、笑うなー! じーさんの説教長いしさぁ、般若心経を写すとか旧約聖書音読とか……たまんないよー……』
「桔梗ちゃんそんな作業苦手だもんね」
「式や術使って楽してるけどさぁ……って、それはさておき。何かあった? 沙羅ちんがわざわざ電話してくるって珍しいじゃん?』
「あ、うん。あのね、陰陽師会館の近くに、捕食する性質をもつ大きい妖怪が出たみたいなの」
『あっちゃー……最近多いんだよね、それ。人間たちに被害でそう?』
「私の式たちが言うには、このまま肥大狂暴化し続けたら豪雨災害が起きるかもって」
少し沈黙したあと、電話の向こうの若き本部長は、はっきり告げた。
『沙羅、応援部隊を送るから祓って。でも手に負えないと思ったらすぐに撤退して。こっちから精鋭部隊を派遣するから無理はしないで』
「わかったわ」
桔梗からいくつか指示を受け、電話を切ろうとしたところで、桔梗が待って、と言った。
『あのさ、沙羅ちん』
「はい?」
『そろそろ、正式に宗家を継がない?』
「え?」
『沙羅ちんの実力と血筋と美貌と巨乳から言って誰も反対しないだろうし、沙羅ちんが宗家になれば、先代から預かってる無数の式神たちを返せるんだよね。だから、宗家と式神の継承、考えといてね』
じゃあね、と、電話はぷつりと切れた。
「おじいさまが預けた――式神……」
式神とは、その名の通り本性は神である。
彼らは、神でありながら人である術師や陰陽師に従っているのである。
神を従えるからには、それなりの為人と術者としての実力が必要で、尚且つ、神自身に主と認めてもらわなければならない。
「私が……――?」
沙羅の祖父は、霊力甚大な術者だった。しかし、沙羅が幼いころに『消滅』したため、沙羅には祖父の記憶はほとんどない。
話に聞いたところによると、巨大な妖異と若いころから戦い続け、その身に妖異を封じたらしい。
祖父の肉体は消滅し、妖異と融合した精神と魂魄は神仙たちが保護してくれたという。
そして、主をなくした式神たちは、ある者は異界に戻り、ある者は人界にとどまったと聞いている。
「私に、出来るかしら」
篁流陰陽術は小さな流派であるが、術師はそれなりの数が揃っている。実力者ぞろいの彼らを束ねるのは大変だろう。
俯く沙羅の傍で、式たちが騒ぎ始めた。
「あ、そ、そうね。今はあの大物を退治しないといけないわね」
黒いスカートと長い髪を翻して沙羅は玄関に向かった。

住人専用エレベーターの中で、沙羅は意識を外へ向ける。
「ずいぶん巨大化してる……」
太古の昔より、妖異が放つ妖気は――どういう絡繰りなのかは不明だが――気候を乱す。
妖異が強大であればあるほど、天候の乱れは大きくなる。
マンションのエントランスを出たところで、沙羅は空を見た。さっきまで天気が良かったはずだが、雲が広がり風も出ている。
「急がなくちゃ……」
公園の方向に向かって走り出す。その行く手に、黄色い猿が飛び出してくる。
ギィギィと耳障りな叫び声をあげながら沙羅にむかって前足を振り上げた。鋭い爪が生えているのが見える。
「……滅」
沙羅が小さく呟くと、その猿の姿は一瞬にして消えた。呪符や道具、武器を使うことなく祓ったのだ。
周囲にいた妖怪たちは、それだけでパッと散っていく。本能的に沙羅を畏れたのだ。
彼らには見向きもせず、沙羅は『大物』の方へ走る。大物は沙羅の気配に気付いてすでに戦闘態勢だ。
雨風は台風かと思うほどに強くなり、いつの間にか周囲の人は姿を消している。
その中に、悠然と『それ』はいた。
多くの妖怪を取り込んだのだろう。大きさは2メートルを越え、牙も四本ならば角も四本、全身を妖気の渦が取り巻いている。
前足の一振り、一回の咆哮で小さな妖怪がばたばた死んでいく。
「あなたね、何をしに出てきたの? 山……には帰れないでしょうから、異界へお行きなさい」
虎は、口から炎と同時に妖気を撒き散らす。
それに全く動じない沙羅は、やはり呪符を使うことなく自身に守護結界を展開した。
結界にぶつかった妖気と炎は霧のように消え、沙羅には傷一つついていない。
「警告するわ。大人しくこの土地から立ち去りなさい。そうでない場合、祓います」
再びの炎、今度は同時に虎が跳躍して沙羅を踏みつぶそうとする。それを飛んでかわした沙羅は、キッと虎を睨みつけた。
「話し合いは決裂ね――仕方ないわね」
沙羅の手の中に、日本刀が出現した。霊気を帯びたそれは、青白く光る。
「覚悟なさい」
妖気と霊力が激しくぶつかり合い、うねりが生じる。それは公園の遊具をなぎ倒し、小さな竜巻と化す。
怒れる妖虎と、思いのほか過激な沙羅。鋭く繰り出される刃が妖虎の体に少しずつダメージを与える。
両者を異界から見守っていた桔梗が得意気に笑った。
「やっぱり沙羅ちんは強いね。でも、このままじゃ沙羅ちんが不利。どうよ、あんたたち、これ見てもまだ沙羅ちんを助けに行く気にならない?」
一人の男が、すっと顕現した。炎の気配を纏った男だ。
「俺が行こう。刀だけじゃ決着はつかんだろう。それに、このままだと公園が壊れてしまう」
赤い髪の筋骨たくましい青年が、腕をぐるりと回した。
袴に袖なしの単衣というちょっと変わった格好だが、それらはすべて、防具であり神気を制御するための装備でもある。
「さすが! じゃあ、この戦闘が終わったら沙羅ちんをこっちへ連れてきて。継承の儀式、済ませちゃおう」
承知、と、その男がつぶやき、姿を消した。

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