魅了開花~王太子は解呪の聖女を寵愛する~

『魅了開花~王太子は解呪の聖女を寵愛する~』 著:柴田花蓮 イラスト:緋月アイナ 本体価格:500円 レーベル:ヘリアンサス文庫

【冒頭試し読み】

魅了開花~王太子は解呪の聖女を寵愛する~

1)

 街にある教会と王族専用の教会に違いがあるとすれば、それは教会が解放されている「時間」だけ。神は、いかなるものにも平等であるわけなので、祈りを捧げるものの選り好みなどしない。
 それゆえ、朝早くから(ただし利用頻度は稀で滅多に利用者はいないが)働かなければならないこと以外には、今の仕事・今の生活に何の不満も感じていないノエル=ランドールは、毎朝の日課である奉仕作業を本日も淡々とこなしていた。

 ノエルが務めるアリシア王国アリシア城内にある王族専用の教会は、建国当初から城内に設置されている由緒ある教会で、歴代の王族たちがいつ、いかなる時でも自由に祈りを捧げ、または罪を悔やみ懺悔することが出来るようにと設置されたものだった。
 その長い歴史は、今でこそアリシア王国が、北は北限の僻地、南は巨大な海岸沿いの密林まで治める強大国となる前、戦乱期でさえも戦火の中ここは解放され王族たちは民の為に祈りを捧げていたと、国史にも記されているとか。

 そんな教会は、以前は神父が一人で管理していた。が、今はノエルもいる為に、早朝から夕方はノエルが、夕方から翌朝は神父が、と交替体制を取ることが出来る為、四六時中利用することが出来るのである。一人体制の時は神に仕える者とは言えその生活はかなりハード。若い神父が教会を任されたとしても、次の神父へ交代するサイクルもかなり短かったらしい。では、何故現在は二人で管理しているのか――それは決して、体力的に厳しいから増員という単純な理由ではない。
 一人で管理する=一人で教会を守らなくてはならないという国の定めがあるにも関わらず何故二人で管理することを許されるようになったのか、ということなのだが。
――それは、まだノエルが幼少の頃、今は亡きノエルの母・ハンナがノエルを連れてこの教会へとやってきて、この教会でハンナやノエルが働くことを国王・王妃が許可をしたからのようだ。
 「ようだ」というのは、まだ当時のノエルは小さくて、その当時の事を覚えていないので、当時から現在に至るまで神父をしているユタからまた聞きしたせいである。
 実際には、ユタがノエルとハンナをこの教会で「保護」し、王らに二人を教会においてもらえるよう直訴したそうだ。そして、その後程なくしてハンナが亡くなってからは、実の子のようにノエルを育ててくれた。ユタはいわば、ノエルの大恩人であり、親代わりなのである。
 そんなユタを少しでも助けるべく、ノエルは幼い頃から彼の仕事を手伝ってきた。十八になった今では、こうしてユタを助けるべく教会を任されるようにもなったのである。

「お母さんっ……お母さん! わああっ……」
――昨日までは元気だったのに、ある朝目覚めたら、母はこの世からたった一人で去ってしまった後だった。
 ユタが言うには、当時流行していた謎の奇病にかかり、ハンナは急逝したという。
 当時、ノエルはまだ五歳だった。たった一人の身内であるハンナを亡くし、更に奇病がノエルに移ると大変だと、遺体にも合わせてもらえなかった。
 ハンナの遺体は、ユタが看取ってすぐに医師にその死を確認してもらい、明け方までに荼毘に付したという。
 突然の母との別れに泣きじゃくるノエルに、ユタは寄り添い、共に祈りを捧げ、ハンナの分も生きろと励ましてくれた。
 所帯も持たず、若い頃からただ一筋に教会と王国の為に生きてきたユタにとっても、突如幼女と二人でここを守ることになるのはさぞかし困難だっただろう。その気になれば、この王国と何の所以もない上に保護者のハンナがいなくなったのだから、ノエルを追い出すことだってできたはずだ。でもそうせずに、厳しくも大切にノエルを今まで育ててくれたのは、ひとえにユタの心の寛大さ、そしてしっかりとした人格他ならない。

 そんなユタも最近では、年頃になりハンナ譲りの美貌――金色に輝く長くてまっすぐなブロンドに、パッと大きくその存在を印象付けるエメラルドに澄んだ瞳。柔らかく思わず触れてしまいたくなる上等な絹のような白肌、飾り気のない質素で地味なワンピースを身に纏っていても隠し切れない、女性らしさを強調する身体のライン。それらが顕著になってきたノエルを心配し、「たとえ相手が王国を担う王族であったとしても、異性である場合は、極力接触を避けるべし」と、王族の面々が執務を終えて教会を利用することが多い夕方~夜ではなく、あえて利用する頻度が少ない明け方~夕方までを、ノエルの担当にしたのであった。いうなれば、王族とて日がな一日中好き勝手に遊んでいるほど暇ではない。教会を利用するのも、一日の終わりの報告を神にする者や執務後にゆったりと過ごした後、悔やむことがあり夜就寝前に神に祈りを捧げる。そのようなケースが大半だ。
 ちなみに朝に関しては、朝食が用意される食堂にて、深夜帯の務めを終えたユタがそのまま食堂に向かい、席に着いた一堂と簡単に祈りを捧げる。朝から教会を利用するのは、訳あって遠方に向かう前に無事を祈るなど、イレギュラーなケースが多い。
 また、勤めを終えた後も、不用意に教会と同じ建屋内にある部屋からは出ないようにと言われているノエルである。おかげで、ほぼユタ以外とは会う機会も少ないし、話すこともない状態である。
 実の子でなくても、神に仕える身でも。年頃の娘を持つと心配になるのだろうか。ノエル自身、別に自分の美貌を活用したいとも――最も、自分ではその価値は全く分かっていないのだが――思わないのだが、例えそうしなかったとしても、この生活では活用する機会が訪れるとも思わないし、望んでもいない。それに、今の生活に何の不満も持っていない。
 それよりも、早くに逝ってしまった母やこうして自分を育ててくれたユタ、そしてハンナの死後もこの教会にいることを許可してくれた王たちの為にも、自分にできることだけをしよう。皆が望むことを、そして神が望むことだけを行おう。そう思っているノエルなのである。

――そんな生活を送っているノエルだったが。
 ある日の朝の事。
「ノエルよ」
「ユタ様! おはようございます。どうされたんですか? 普段なら、もうお休みの時間では?」
 今日も恐らくほとんど利用されることのない教会を丁寧に清掃していたノエルに、ユタが声をかけてきた。
 ユタは早朝までここにおり、王族たちの朝食時の祈りも行っていたはずだ。通常ならば、そのまままた次の勤務まで自室で休んでいるはずなのだが、今日に至っては食堂からそのままここへとやってきたようだ。
「眠っていないのですから、どうかお部屋でお休みになってください。頼りないかもしれませんが、夕方までは私がここにおりますから」
 ノエルはユタにそう進めるも、「いや、今日は特別だ」とノエルの立っている傍にある長椅子に腰掛ける。
「特別……」
 一体、どうしたのだろう。ノエルも首をかしげながらそのすぐ傍に腰掛けた。
 するとユタは、「お前も当然知っていると思うが」と前置きをした後、静かに語り始める。

「今から一週間後に、我が国で重要な式典があることは知っているな?」
「はい。確か、第一王子のリカルド様の戴冠式ですよね。リカルド様は様々な式典で遠目でしか拝見したことはありませんが、耳にした話ですと、見た目が麗しいだけではなく、とても温厚で、誠実で、評判の皇太子さまだとか。ですので、現国王様も早めに皇位継承をと考えたとか……」

 そう。実はアリシア王国では一週間後に皇太子・リカルドの戴冠式を控えていたのだ。
 リカルドの父で現国王はさほど高齢ではないのだが、自他ともに認めるほどリカルドは評判も技量も良く、大国であるアリシア王国の国王に相応しいと、前々から城内でも囁かれていた。
 若き国王は一見すると周囲に付け込む隙を与えるきっかけにもなりそうに思えるも、リカルドは他国の王族とも交流をしており、若くしてその手腕は父を超えるともいわれていた。それ故、「今までよりも勢いのあるアリシア」を広く世間に知らしめるためにも、リカルドが二十三になる一週間後に合わせ、戴冠式を行うことに決めたらしい。
 
 城内はその準備で慌ただしいらしいが、この教会は城の外れにあることもあって、そんな喧騒とは無関係だった。ただ、国を挙げての式典となれば当然ユタも関わってくるわけであり、彼が当日に纏う衣装や、読み上げる詔、戴冠式で歴代行ってきた儀式的なものに必要なものを準備することについては、ノエルも関わっていた。
 とはいえ、「温厚」「誠実」「容姿端麗」リカルドの事は他人の噂程度の事しか知らず、実際には遠目でしか見たこともない。恐らく教会を利用しているのだろうが、それは夕方~夜のみだろうし(ノエルが会っていない以上)、準備に関わっているとはいえ、どこか他人事のノエルだった。
 そんな事を考えているノエルに、ユタは「うむ、そうだな……」と、自分から話を振ってきた割に何故か歯切れが悪い。
「あの、ユタ様? その戴冠式がどうしたのですか? もしかして、何か準備に問題でも?」
 自分に、何か不手際があったのだろうか? ノエルはユタに思い切って尋ねる。
 するとユタは左右に首を振り、何かを少し考えこんだ後、静かにノエルに答えた。

「いや、実はな、ノエル。お前に戴冠式での一連の流れや仕来りなどを教えただろう?」
「はい。それに従って、今まで準備を進めてきました」
「うむ。それでな……陛下に至っては、ご自身も以前戴冠式を経験されているし、知識も持っていらっしゃる。だがリカルド様に至っては、今回は初めてであり、まだお若い」
「……はい」
「それで、その。陛下と皇后さまより、リカルド様に一度、戴冠式を行うにあたり様々な教育をして欲しいと頼まれた」
「そうなのですね。それでは、ユタ様がリカルド様の所にいらっしゃる間は私が教会を……」
「教育をするのは、ノエル、お前だ」
「え?」
「お前にリカルド様の教育をして欲しいと、依頼が来たのだよ」

 ユタはそう言って、深いため息をつく。
――え? どうして? どうしてユタ様じゃなくて私が?
 当然、ノエルは混乱した。どう考えても、次期国王相手の教育などユタが行うのが当然。それを、何故自分が。ノエルは必死に答えを見つけようとするが、当然それは出来ない。
 そんなノエルに、ユタは静かに説明をする。

「お前が混乱するのも無理はない。私とて、何故ノエルでなくてはならないのかと失礼ながら伺った。するとな……どうやら、リカルド様は異性に対してはあまり耐性がなく、当然婚約等も現在はしておられない。メイド等とはかろうじて普通に接することが出来るも、こと対外的になると、少々倦厭されてしまうようなのだ。同性相手には問題なく接しているようだが」
「それで、どうして私なのですか?」
「少しでも異性に慣れさせるためらしい。外部から呼ぶにしても、妙な女が入り込んでは困る。利権が絡んでくると、後々内乱につながる可能性もある。普段接しているメイド達には、教育できるほど教養も知識もない。そこで――身元が保証され、尚且つ戴冠式等の知識もあり、自らの立場をわきまえてリカルド様と接することが出来る人間を考えたところ、お前に白羽の矢が立ったのだよ。お前の事は、私がいつも陛下達に話していたし、私の元にいるお前ならば安全で適任だと」

 国王や皇后から信頼を得ているユタの「おかげ」なのか「せい」なのかわからないが、そのような原因でノエルが選ばれたとのことだった。
 ユタにとってはそこまで信頼されていることについては光栄なのかもしれないが、これまで極力、王族とはいえ異性に近づけないようにしていたノエルをリカルドの教育係として差し出すことに抵抗があるようで、
「何度か考え直していただくよう進言したのだが、ついに今日、正式に……」
「……そうでしたか。ユタ様、私なら大丈夫です。だって、温厚で誠実なリカルド様がお相手ですもの。戴冠式を控えていらっしゃるような立場の方が、何か問題を起こすとは思えませんし。とても頭の良い方だとも伺っています」
 教会にたまに来る王族たちの噂話や、教会から自室に行くまでの廊下などでメイド達が話している声を小耳にはさむ程度の知識ではあるけれど、リカルドについては悪い話を聞いたことがないノエルである。
「うむ、それはそうなのだが……」
「それに、戴冠式までは時間もありませんわ。余計なことをしている時間はありませんもの。心配無用です」
 ノエルは、眉を顰《ひそ》めて表情を曇らせているユタに笑顔で説明をする。
 ユタとしてはどうしても断りたいところだが、「依頼」ではなく「命令」となってしまった以上、立場上どうにもすることが出来ないようだ。
 ユタは大きなため息を一つつくと、ノエルの瞳をまっすぐに見つめながら、
「今からリカルド様の待つ部屋に行ってもらうわけだが、己の身をわきまえて行動するのだぞ、ノエル」
「はい、ユタ様」
「何か困ったことがあれば、すぐに私を呼ぶのだぞ」
 まるで、本当の親子。年頃の娘を持つ父親そのものだ。
 ユタにしてみれば、ユタとてリカルドが誠実な王子だとはわかっているし彼の立場も理解はしているが、ノエル本人は気が付いていないが彼女の魅力を思うと複雑な所だった。
 ノエルはその気持ちはありがたく受け止めつつも、
「大丈夫です、ユタ様。相手はリカルド様です。次期国王となられる方は、きちんとわきまえてらっしゃいますよ」
 行ってきます、と心配するユタにお辞儀をして早速教会を出た。そしてリカルドの部屋へと向かう。

 

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