『幽霊になりました。でも後悔はありません。』 著:鈴野葉桜 イラスト:楠なわて 本体価格:350円 レーベル:フリージア文庫

【冒頭試し読み】

目次
幽霊になりました。でも後悔はありません。
【前編】
【後編】

!PB

【前編】

「んん? あれ?」
 自身の体に疑問を持った如月詩音《きさらぎしおん》は頭の上に大量のクエスチョンマークを浮かべた。そんな詩音の様子に妹である春香が目の下を真っ赤に腫らした状態で、怒鳴って来た。
「な、なんで……どうして!!」
「ん? どうしたの春香。あ、目の下冷やした方がいいよ。じゃないとせっかくの可愛い顔がぶさいくになっちゃう」
「……んなこと、どうでもいいのよ。なんで、なんで! 詩音が! 目の前にいるの!!」
「んーなんでだろう? 春香に会いたかったから?」
「幽霊になってまで!? 本当に意味わかんない!!」
 初めてこんな大きな声で春香に怒られた気がする、と呑気なことを思いながら、こうなってしまった事の経緯を少しずつ思い出していった。

☆★☆

「詩音、お待たせ!」
 そう言って、詩音の教室を訪ねてきたのは、幼馴染みであり一年前に恋人となった高瀬錬《たかせれん》だった。校則が緩い高校を選んだため、高校入学と同時に錬の髪色は明るい金髪となっていた。瞳の色がこげ茶だから、詩音はこっそりとひまわりみたいだと思っていた。ひまわりの花びらのような髪を扉から覗かせる姿に、思わず頬が綻ぶ。
「ううん、私の方も今終わったところだから大丈夫だよ」
 対して詩音の髪は、染めてもいないから日本人特有の黒い髪だ。胸あたりまである髪を両サイドで編み込みしてハーフアップにしていた。
「なら、帰るか」
「うん! あ、でも、春香も誘ってもいいかな?」
「今日もか?」
「うん。私は仲が良かったあの時みたいに戻りたいから。……ダメ、かな?」
「……うん、そうだな。誘ってみるか」
 錬が言葉に詰まったのは、詩音の気のせいではない。その数秒の間は、錬なりの気遣いでもあった。わざとその間に気がつかないフリをして、差し出された手の平に、自身の手をそっと乗せた。
 三年生の詩音たちとは違い、一学年下の春香の教室は一階下の二階にある。階段を下って目的の教室まで歩いていけば、すでにホームルームは終わっていて、人がまばらに教室から出てきていた。そんな人の流れに逆らい、ひょっこりと扉から顔を覗かせる。
「あ、いた」
 詩音の目的の人物は、すぐに見つかった。春香が生まれてからこの歳までずっと一緒にいるのだ。すぐに見つけられないはずがない。とはいえ、春香の方はまだ気づいていないようで、机の中から教科書を取り出し、鞄の中にしまうところのようだ。詩音は錬と繋いでいた手を離し、春香に近寄った。その際錬が少しだけ寂しそうな顔を見せたが、詩音には心の中で謝ることしかできなかった。
 錬とともに春香の席まで近寄り、声をかける。
「春香、一緒に帰ろう?」
「詩音……、錬も」
 まるで双子のように詩音と瓜二つな顔を上げ、詩音だけでないことを知るなり、あからさまな嫌悪感を滲ます。
「今日も三人で帰るの?」
 どこか刺々しい言葉ではあるが、詩音は気にせず頷くことにした。
(いつものことだから。ここでめげちゃダメ)
 一年前までは、仲良く三人で帰っていたのだ。その仲の良さを壊してしまったのは、紛れもない詩音である。ならば修復するのも、詩音が動かなくてはダメだ。
「ね、一緒に帰ろう?」
「じゃあ錬と二人で帰る。詩音は先に帰ってれば?」
「えー、私が春香と帰りたいの」
「私は帰りたくない」
「お願い」
「はぁ……。だったら二人で帰れば? いいじゃん、登下校デートになるよ、付き合ってるんだし」
「そんなこと言わずに、ね? 私は春香とも一緒に帰りたいな」
「私とも、ね。帰る道は一緒なんだし、一緒に帰りたければ勝手にそうすれば」
 相変らずな冷たい対応ではあるが、ここ最近は前よりもましになったものだ。錬と付き合い始めた当初は、取り付く島すらなかったのだから。

 詩音を中心として、三人横に並んで帰路を進んだ。
 春香は機嫌があまりよろしくなく、終始むっと口を閉じている。代わりに詩音と錬が話題を幾つか提供することになった。もちろん話題は今日学校であった話である。何度か話を春香に振るのだが、話をする気がないのか、一言二言で終わってしまう。
(気にしてちゃ、春香と元の関係に戻れない!)
 折れそうになる心を叱咤して話題を振り続けた。
 幼馴染とあって家は隣同士だ。家にちょうど着く、というタイミングで春香が何かぼそりと呟いた。
「…………てよ」
「ん? なに?」
 どうしても聞き取れなかったそれを、どうにか聞き取ろうと顔を近づける。そんな詩音に苛立ったのか、きっと睨むような視線を詩音に向けてきた。
「そんなに元に戻りたいならっ、錬と別れてよ! 錬はどうして詩音がいいの? 顔なら私と変わらないじゃない、私でもいいじゃない!! どうせ別れることもできないのに、ご機嫌とりなんかしないで!!」
 春香の瞳の中には戸惑った表情の詩音がいた。なんて情けない顔をしているのだろう、と内心感じてしまうも、どうすることもできず、ただその場に立ち尽くす。
「そうだよね。詩音は私がこうやっていったくらいじゃ、錬と別れないよね。でも、それなら私は二人と昔みたいに仲良くする気はないから」
 なぜか春香が詩音以上に傷ついた表情をしていた。気にはなるが、そんな詩音の言葉に何も返すことができず、パタンと閉まる家の玄関の音だけが耳に残った。
「私、錬と別れた方がいいのかな……」
 それからどれくらい経ったのか、玄関の扉をぼおっと見つめていた詩音の肩に錬がそっと手を置く。そして自身の方へ振り向かせると、その体を抱きしめてきた。
「詩音、春香のいうことはあまり気にするな。それに俺はこんなことで詩音と別れる気はない。詩音が別れるって言っても、別れてやらないから」
「でも……」
 否定する言葉を続けようとすれば、抱きしめる力がさらに強くなる。
「俺は詩音が好きなんだ。詩音ともし別れることがあったとしても、春香と付き合うことはない。だから……俺はこうして詩音と付き合っていることに後悔はしていない」
 後悔はしていない。その気持ちは詩音も同じだ。
(ただ、春香とも仲直りがしたいだけで……)
 錬と付き合ったまま、春香と仲直りがしたい。
 それは贅沢なことなのだろうか。
「今家に帰って、春香と顔を合わせても気まずいだけだろう? 少しの間俺の家に来いよ。母さんも詩音に会いたがってたからさ」
 長いこと思考に耽っていたせいで、心配をさせてしまったらしい。
 春香にどういった言葉をかけようかと悩んでいたからこそ、その言葉は正直ありがたかった。けれど詩音はそれを断ることにした。
「気持ちは嬉しいけれど、遠慮しておく。今日はお母さんとお父さんの帰りが遅いって言ってたから、夕ご飯を春香の分も作ってあげないと。それにね、気まずいからって理由で、春香から逃げたくはないの。だから今日はこれで帰るよ」
「そっか。詩音らしいな」
 詩音の言葉を聞いて、ため息を吐きながら、しょうがないなとでも言うように錬が笑った。そんな錬に笑みを返し、その胸をそっと押した。すでに腕に力が入っていなかったからか、すんなりと錬の腕の中から出ることができた。
「うん。私は春香のお姉ちゃんだから。それじゃあ、また明日」
 錬に手を振り、数歩先の玄関に足を向ける。
「ああ、またあし……っ詩音!!」
 数秒後には自宅の中へ入る、そのはずだった。
(あれ……?)
 突然何か早いものにぶつかり、体が宙に浮く。痛いとか、怖いとかそんなものは一切なく、あったのはなぜ自身が宙に浮いているのだろうという単純な疑問だけだった。
 数秒置いて、耳が正常な働きをしたのか、硬いものがコンクリートの道路にぶつかる音と、錬の焦り声が耳に届いてくる。
 不思議と意識ははっきりしているのに、体は地面に打ち付けられた衝動で上手く動かず、声も出すことができなかった。家の目の前で起こったからだろう。何事かと玄関から顔を出した春香が事態を知って、青ざめた顔で駆け寄って来る。
(春香からこんなにも近くに気てくれたの、錬と付き合うより前が最後だった気がする)
 こんな事態だというのに、そんな些細なことが嬉しかった。
 しかし嬉しいのはひと時の間だけ。
 じわじわと体が痛みを訴えてきて、次第に耳鳴りがひどくなっていった。視界に入るのは、自身の血なのだろう。朝食で食べた苺よりも真っ赤な血が、コンクリートを赤く染めていく。赤に染まっていく範囲が広がっていくごとに、意識はどんどんと遠のいていき、詩音の意識は真っ白な世界へと消えてしまった。

【続きは製品版でお楽しみください】