『ミツラテ【epigone】』 
著:青樹凛音 イラスト:天満あこ 本体価格:350円 レーベル:フリージア文庫

【冒頭試し読み】

目次

ミツラテ【epigone】

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 1

「いらっしゃませ、おみくじは一回100円です」
 神社の境内、私「愛染 伊奈」は建物の中に居る、神社関係者としてここで巫女の格好で、関連商品のお会計をする役割だった。
 目の前には硝子窓、手元には絵馬やおみくじ。
「800円のお釣りになります、ありがとうございました」

 正月を過ぎて、それぞれが生活へと溶けこんでいった2月。
 木々の枝には葉は残っていない。
 澄んだ冷たい風が吹き抜ける参拝道。
「愛染撫子神社」の「宮司」が私の家。
 神社自体は古くからある特に特徴のない平凡なもの、広さはそれなり。
 絵馬やおみくじなどを売る販売所、私はそこに座っている。
 大きなトラブルは特になく、買いたいと言うお客がいたら売るだけの簡単な作業。クレーマーなどは「自分で対処せずに周りの大人を呼びなさい」と言われていて、必ず二人体制で神社は営業されている。
 今は「手伝い」くらいなもの、高校生だから。
 下町には主に風情を求めた「外国人観光客」が赤い絵馬やおみくじ、小さな鳥居、木で出来た狐のお面などを買っていく。縁結び、縁切り、それと商売繁盛から学業成就、交通安全まで、万能な稲荷の神様。
 信仰を辞めた時に「祟り」があるらしいけれど。
 詳しくは私はまだ知らないけれど、あるにはあるらしい。
 
 私の住む下町には古いものが多く残っている。
 何百年前から、もしくは昭和に入ってからのものも含めての「日本らしさ」だ。うちの神社はこの町では重要な「観光資源」だった。全国区じゃない神社でも、浅草が近いから外国人観光客がこっちまで足を運んでくれる。
 なくなったものもある、古いお店が潰れてチェーン店になる時代だ。

 ・・・・・・・・・・

 向こうから一人の男の子が歩いてくる。
 歩き慣れたように、よそ見をしながらもまっすぐこっちへ向かってきて「よっ」と挨拶してから私に馴れ馴れしく話しかける。
「外人さんばっかなのな、平日も休日も」
「御子柴、何しにきたんだ」
「何って、別に。ただ時間が空いたからふらっと立ち寄っただけ」

 この男子高校生は「御子柴 誠」私の幼馴染だった。
 背はそれほど高くなく170くらい、顔立ちは良い方でバスケ部の中心選手。たまに暇つぶしなのかここに立ち寄る。大抵は何も買わずに、もしくは「おみくじを引いて」帰っていくだけの信仰心皆無な奴だ。
 黒のパーカーは高級ブランドのロゴ、大きめのサイズのもの。
 赤とシルバーのヘッドフォンで、流している曲はヒップホップ系。
「神社って『成り立つ』ところが凄いよな」
「冷やかしなら他所でやってくれないか?」
「愛染の『巫女さん』も『売り子』だろ。お守りとか売るくらいなんだし巫女さんの服着なくてもよさそう、客も下町観光の外人さんばっかじゃないの?」
「いいじゃないか、日本の文化が評価されてる証だろう」
「日本人だって神社の意味とか一切知らないやつばかりなのに、表面上で『日本の伝統が好きです』とか『素敵』とかって言う」
「それ、外国で評価うんぬんの話と繋がっていないだろ」
「まあね、全然関係ないけど思い浮かんだから、口に出しただけ」

「そう言えば前から疑問に思っていたんだけど」
 御子柴は私の白と紫の巫女装束を指さす。
「何で巫女装束が『紫』なの?」
「理由なんて何だっていいだろ、冷やかしなら帰れよ」
 前々からよく聞かれる質問の一つでもある。
「一応言っておくけれど紫は高貴な色なんだ」
「ふーん……でも赤とかの方が『それらしい』んじゃないの、外人受けするし」
「そうかもしれないが、そんな理由で変えられるわけないだろ、うちは代々『紫』を使っていた、それだけの理由。冷やかしなら他所へ行ってくれ」
「じゃあ、おみくじ一回」
「……一回、100円だ」
「そんなの知ってるって」
 100円玉を受け取って御子柴におみくじ箱を手渡すと、ぱっと引いて「末吉だ」と言って、今日はそれで御子柴は帰っていく。
「何しに来てんだろ、あいつは……」

 ・・・・・・・・・・

「ただいま」
 手伝いを午前中に終えて、私は我が家に帰ってきた。
 木造二階建ての、狭い路地に位置する下町の我が家。
 家の造りは古い、下町の一軒家。
 昭和の中では比較的かっこよかった物件なのだろうけれど、今となっては「時代遅れ」と言っていいような非常に古臭いものだ。
「あるいは、もう少し『レトロ感』があるのなら」
 今でも友人に誇って家に遊びに誘えるのに、と思う。
 木の階段を上って自分の部屋へ、まずは荷物を置く。
 六畳の畳の和室には、そんなにこれと言う特別なものはない。
 娯楽品はあるにはあるけれど、最近は興味も薄れてきた。持っているゲームも携帯ゲーム機くらいなもので、後は漫画と音楽CD。確かに「少しの物足りなさ」はあるけど「不自由」とは感じたことはなかった。
 可愛いものは「サメのぬいぐるみ」くらいなものだ。
 今日はこの後「どうしようか」と考えた。
「やっぱり『会いたい』から、行こうかな」
 お気に入りの洋服に着替えて、マフラーをしてこの町へ出て行く。
 東京の下町で海に近く、小さな川が流れている。そのせいか湿気がある、もっとも冬の季節は乾燥しているから私は冬が好きだ。狭い道に建物が密集している。

 私には、1年以上も足繁く通っている「ケーキ屋」がある。
 下町のレトロなケーキ屋「長田ケーキ」だ。
 同じ町内ということで、顔なじみでもある。
 もとより私の家が「神社」ということで、小さい頃から「町内の近所付き合い」は両親が大切にしていた。今でも「どこどこのだれだれちゃん」と言われたら、昔から居る人についてはすぐに顔も出てくるようなものだ。
 向こうも、私のことを知っている、最近では珍しい世間付き合い。
「長田さんのケーキ屋」も古く、建物の外見は完全に「昭和のもの」だ、だけど中へ入ると甘い香りが広がっている。木製の棚には名曲のジャズとブルースがあって、それが自然に馴染む木製のテーブルと椅子。
 一歩奥へ行くと、上質な「珈琲」の香りも感じる。
 それは鮮度があって「深煎りローストされた」香ばしさ。

「いらっしゃいませ、伊奈ちゃん」
 そこに居るのは細身で長身、男性パティシエ兼バリスタが出迎える。清潔な身だしなみで真っ白なエプロンと黒地の制服。
「こんにちは、劉一お兄さん、お疲れ様です」
「何時もの席、今日は空いているよ、どうぞ」
 席へ座ると透明で冷たい水を出してくれる。
 この時間、ホールには「劉一お兄さんが一人」だと私は知っている。
 ちょっと迷惑かもしれない、けれどお客さんだから許されると思っている。しっかりケーキも食べるし、飲み物も頼むし。
「本日のケーキはいかが致しましょう?」
「チョコレートケーキとマッキャートでお願いします」
「かしこまりました」
 他の従業員の休憩時間、そしてシフト上、表で接客をしている。
 チョコレートケーキと、劉一お兄さんの淹れる甘くないマッキャートは格別の味わいがある。この指定席からは、劉一お兄さんがエスプレッソを淹れる後ろ姿が見られるから、ここに別のお客さんが座っているとがっかりする。
 エスプレッソマシンの前に立つ姿に惚れているから。

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「長田 劉一」私は親しみを込めて「劉一お兄さん」と呼んでいる。
 このケーキ屋の長男で、現在は25才。
「バリスタとして修行したい」と言って「パティシエとしてケーキだけを学べ」と言う論調だった両親の反対を押し切り、単身でニューヨークへ渡り「バー」でエスプレッソなどを修行して数年前に帰ってきた。
 帰ってきた劉一お兄さんは、明らかに洗練されて。
 その立ち振舞いや紳士な言葉に、私は恋に落ちた。
 それ以降、私はこの「長田ケーキ」に入り浸ることになる。

 
【続きは製品版でお楽しみください】