『闇の中の少女』

著:呂彪 弥欷助  価格:200円  レーベル:アイオライト文庫

【冒頭試し読み】

目次

闇の中の少女
闇の中の少女

一、五十嵐
二、高橋
三、マネキン

一、五十嵐

 それは、私の目を捉えて離さなかった。
『私を連れていくように』
 と、訴えているようだった。

 そう、あれは二十歳の夏。暑い日差しをアスファルトが照り返して、陽炎のように視線を揺らしていた。
 そうだ、私はひとり暮らしを始めたばかりだった。
 実家が嫌で、高校を卒業してすぐに就職する道を選んだ。ただ、就職してからは人間関係がうまくいかなかった。つまらない人たちばかりで、毎日が同じことの繰り返し。このまま月日が過ぎていくのかと想像したらゾッとして、結局、二年間だけ勤めて退社を選択した。
 ひとり暮らしをしたのは、その後だ。やりたい仕事を見つけようと、趣味の延長線の仕事に就いて、満足する毎日を手に入れられたころ。肩書きは正社員ではなくフリーターになったけど、趣味が合う仲間たちに囲まれ毎日がキラキラし出したころだ。
 私はようやく決意したんだ。家族と別れることを。もう、二度と帰らない──そう誓って実家を出てひとり暮らしを始めていた。
 そういえば、たまに日雇い派遣の仕事もしていた。派遣は給料がいいし、日雇いは暇つぶしにもなった。自由な時間を持て余していたのと、もうすこしだけ稼ぎたいという欲を満たすにはちょうどよかったから。

 ああ、そうだった。あのときは、その帰りだ。
『私を連れていくように』
 と、訴えられた気がしたのは。

 私はふらりとリサイクルショップへと入った。夕方なのに、視界は空気が揺れて見えて。そんな揺れる空気の中でぼんやり見えたのが、リサイクルショップだった。
 駅はすぐそこ。電車は一時間に二本しか通らないのもあって、何度か同じ仕事先に来てもリサイクルショップに見向きもせず、帰ることを選んでいたのに。
 どうしてこの日に限ってリサイクルショップに立ち寄ってしまったのか。思い返せば、私は──呼ばれていたのだろう。
「暑いな……」
 私はすこしだけ涼しむだけのつもりでいた。
 リサイクルショップの入口付近には、自転車やカラーボックスなどの商品が並んでいる。けれど、それらには目もくれず、奥まで一気に歩く。すると、外見から想像した以上に店の中は広い。人がすれ違っても余裕がありそうな通路だ。学校の廊下を連想させるような床の色。べったりとペンキを塗ったような緑色の床だった。
 何かを探しているわけではないのに、私は周囲を見渡す。そして、ふと、右前方に階段が見えた。
「二階もあるんだ」
 すこし涼しんだ。けれど、二階に行ってもいいかな──そんな軽い気持ちで階段を上っていく。普段なら電車の時間を気にするのに、電車の『で』の字も浮かばなかった。

 二階に上がると、ガラリと雰囲気が変わる。床の色が緑ではなく、フローリングに変わったこともあるが、置いてあるものもまったく違っていた。テーブルや椅子、タンスなどのインテリアが置かれている。まるで家具センターに迷い込んだような感覚になった。
 私のような独身がひとりで来るところではなかったなと、来た道を戻ろうとした。──そのとき、遠くにそれは見えた。

 私の目は、『それ』に釘付になった。
 意識を取られて吸い込まれるように、私は歩いていた。

『それ』は等身大のマネキン。変わったマネキンだ。いや、洋服屋で見たことがあるから、変わっていないのかもしれない。『それ』は、首のないマネキンだった。
 頭があれば、私とあまり背も体型も変わらないかな──そんなことを漠然と思った。私はそのマネキンをまじまじと見る。
 興味のそそられる服を着ていたからだ。水色ベースのメイド服。私は不思議の国のアリスが大好きで、いつになく興奮して見入った。
「かわいいなぁ」
 私は昔からアニメや漫画が好きで、イラストを下手の横好きで描いていた。かわいいとか、好きだと思うと、『描きたい』という欲求がうずうずしてくるオタク体質だ。
 だから、このマネキンを見てイラストの練習になるかなとか、見ながら描きたいなと、すごく心を惹かれた。
 それに、『首なし』もちょうどいいと思えた。私は人形が苦手で、怖い。人形の目や口、表情がどうも苦手だった。だからこそ、顔がないのは助かるとも思い、どんどんこのマネキンを気に入っていった。
 商品を気に入ってしまえば、あとの問題は値段だ。値段がわからないまま、店員にほしいとは言えない。
「高いだろうな」
 買えないのを覚悟しつつ値札をめくってみると、意外なほど安い。
「あ、あれ?」
 意外すぎて、まぬけな声が思わず出る。財布の中を思い返してみて、手持ちの金額で充分買えると判断したら、更にほしくなるもので。どうやって持って帰るかと考え、抱えては帰れないと判断したが、どうすればいいかと考える。
「あとは……送料かな」
 私が配送という手立てを思い浮かべたときだ。
「お嬢さん。気に入って頂けたなら、送料は結構ですよ」

(続きは製品版でお楽しみください)