『月灯りの絆~君と永遠に~ (二)白薔薇の呪縛、兄に溺愛、蹂躙された弟の悲劇』 著:かにゃんまみ イラスト:尾張屋らんこ 本体価格:350円 レーベル:フリチラリア文庫
※シリーズ第二弾です!

【冒頭試し読み】

目次

第三章 蒼い天使
第四章 白薔薇の呪縛

第三章 蒼い天使

飼い者の証

「もうお前とは、親子でもなんでもない!」
 キリカは唇を噛みしめ、陣作を睨めつけた。陣作は眉間の皺をさらに深め、杖のグリップを握りしめた手を震わす。
「よくもそんなことが言えたな、キリカ。誰のおかげでここまで生きてこられたと思っている」
「あなたは僕をエリートにしたかっただけだ。最初から愛情なんてない。あなたは子供の頃抱きしめてもくれず、いつも勉強しろ、女宮殿の上位の女性に就けるように偉くなれと言うだけだった。あなたは神咲家の繁栄だけのために、僕をもらったんだ!」
「うるさい、当たり前の事を言うな。少しばかりエリートの素質があった位で調子に乗りおって、お前のような者などどこにでも転がっておるわ。エリートを育てて、女宮殿に貰われれば、神咲家の名誉も地位も上がる。そのためだけにお前を家族にした。それ以外何があると言うのだ!」
「僕はいつだって冷たい家庭教師に厳しい躾をされて、兄さん達と数字で比較されながら生きてきた」
 キリカの目尻から涙が零れ、言えなかったこの十五年の思いが、堰を切ったように後から後から溢れ出す。
「息が詰まる思いだった。苦しかった。学校のクラスメートが楽しそうに遊んでいても、僕はそいつらを蹴落とせと言われた。一点でも点数を取れないと、お小言を言われ。いい点を取ってもそれが当たり前のように言われた。僕もあなたの家畜だった。守兄さんだけだ。僕を褒めてくれたのも、僕を抱きしめてくれたのも、人間扱いしてくれたのも!」

 アキトはキリカがお金持ちのお坊ちゃんで毎日贅沢三昧ないい生活しかしてないと勝手に思っていた。けれどこの能面のような顔の中に、辛酸を舐めるほどどろどろとした感情が渦巻いていたのを知った。
 陣作は怒りに我を忘れ、刺さったナイフを抜くとそれをキリカに振りかざした。
「このクソガキが!」
 陣作の獰猛な動作に瑠璃とキリカは抱き合ったまま目を瞑った。アキトは二人を助けようとした。飼い者がばれるかばれないかの問題じゃない。
 パシュッ……。
 一瞬のことだった。自分たちの前に壁ができたような感覚に、キリカは恐る恐る瞼を開いた。目の前に大きな背中があった。
 陣作が突き出したナイフの刃を、守が左手で受け止めていた。ナイフは守の手の平に刺さっていたが、彼は少しも悲鳴をあげなかった。ただ、静かに陣作を見つめている。
「父さん」
「守。お前、どうしてここに」
「ま、守?」
 瑠璃は体を震わせた。大好きな人が今、目の前にいる。ずっと会いたかったその人が。
「守兄さん!」
 キリカはかすれた声を上げた。
 守は後ろの二人に声だけ投げかける。
「キリカ、お前がどうしてここに?」
「ぼ、僕、瑠璃の側近になろうと。初めて自分から何かしたいと思った。側近試験受けて、瑠璃のところへ行こうと思った。で、でも、父さんが!」
「そうか……」
 上半身を裸にされた瑠璃。そして、そのことで恐らく陣作に刃をむけたであろうキリカ。
 キリカがこれほどのことをするなんて、瑠璃に余程酷いことをしたに違いない。傍に犬のムーンが力なく倒れながらキューンと小さく鳴いた。
 守の静かな憤りが軽蔑の色を乗せ陣作を睨んだ。ナイフを強く握り締めると手から血が滴り落ちる。
「父さん、これで互いを刺した。文句はないですね?」
「ぐっ!」
 静かではあったが、自分に対して戒める守の意思を陣作は感じ取ると、ナイフから手を離し、血が流れ出る足を引きずりながら後ずさりする。
「キリカ、必ず後悔させてやる。もう二度と神咲家の敷居をまたがせん。もう学費も出してやらん。お前の養子も解消だ」
「そうはいきませんお父さん。あなたはキリカをもらった以上、大人になるまで育てる義務があります」
「うるさい守。父親にたてつく気か?」
「僕はもう大人です、いつでもあなたから独立しても構わない。それとも、僕から縁を切りましょうか?」
 守の言葉に陣作は焦る。
 今、守を失うことは、神咲家にとって大ダメージだった。神咲家のトップエリートがいなくなるのは痛い。甘い蜜を失うことになるのだ。
「くっ、学校の資金援助だけだぞキリカ。このまま、そこにいる飼い者と野垂れ死にしろ」
 悔しさを滲ませ、よろよろと足を引きずって陣作は出て行った。

 部屋は静まり返る。守は一息つくと、ベッドわきの小さなテーブルにナイフを置いた。
 守の血が床に滴り落ちるのを見て、瑠璃は涙が止まらない。
(大事な人達が俺のせいで傷ついた……)
 瑠璃は力なくきゅーんと鳴くムーンを腕に抱きしめた。
 守はこちらを振り向き、静かに微笑んだ。艶っぽい男の顔立ちに、どこか憂いを含んだ深い瞳、長めの髪の毛が少し濡れていて、乱れて整った顔に絡みつく。瑠璃の懐かしい宝物は確かにそこにあった。
(ああ、守だ。間違いなく守だ)

「二人とも酷い目に遭ったな」
 守は屈みながら、ゆっくりと瑠璃の方へ向いた。先ほどの冷たい視線は瑠璃を包み込むように和らいでいる。
「兄さん、瑠璃がお父さんに飼い者扱いされたんだ。僕それが耐えられなかった、許せなかった。だから」
「そうか」
 守は唇を噛んだ。
「守、キリカ。ご、ごめん。ごめんよ」
 瑠璃は力なくうな垂れすすり泣く。
 自分がいくら痛めつけられてもよかった。でも、大切な人が傷つくのだけは耐えられない。
 キリカは声を殺して泣いた。
「瑠璃は何も悪くない。いつだって悪いのは僕だ」
 守の手を見て、瑠璃は自分のシャツを脱ぎ、守の手に押し当てようとした。
「瑠璃、大丈夫だから」
 瑠璃は首を横に振り、それを傷口に当て巻きつけた。震える瑠璃の手をもう一方の守の手がそっと包む。
(あったかい守の手……)
「ううっ、わぁあ!」
 瑠璃はとうとう我慢できずに声を上げて泣いた。
 守は瑠璃のシャツごと、その軽い体を抱きかかえた。涙でぐしょぐしょになった瑠璃の頬にそっと頬を寄せる。
(瑠璃の涙はいつ止まるのだろう……止めたい。いつか……)
 守は心の中で呟くと、瑠璃の頭をぐいっと自分の胸に引き寄せた。陣作に蹴られた焼印のある肩を、守は傷を負った手でそっと支えた。瑠璃はそのまましゃくりあげながら頭を預けた。
「兄さん、瑠璃も。怪我の手当てをしないと」
 キリカは立ち上がると、鼻を赤くしたまま自分の上着を瑠璃に掛けた。そしてムーンを助けるように抱っこする。三人はそのまま部屋を出た。
 しばらくして静まり返った部屋のクローゼットの中から、アキトはそろりと出てきた。あのままさっきの男が出てこなかったら、自分がとっさの行動に出ていた。アキトよりわずかにあっちのほうが早かった。
「あいつは何者なんだ?」

 メディカルルームは小さなドームのような形をしていた。周りには似たような形の建物が何棟か並んでいる。
 辺りは暗く、明りがついている一つに三人は入った。
 ルームに入ると、見慣れた先生が荷物の整理をしている。
「海倉さん?」
 海倉と言われた男は、瑠璃が前の病院でお世話になった主治医だ。月に一度はその病院へ行くように指示されていたのだが。
「瑠璃くん、いゃあ! こちらから挨拶に行こうと思ったんだけどね。まさか君の方から来るとは。ん、どうした? 怪我でもしたのか?」
「先生、守兄さんと瑠璃さんの怪我の手当てをお願いします。後、ムーンも」
 キリカはムーンを抱えるように前に出した。きゅーんとムーンは力なく鳴く。
「守? ああ、君はあの時の」
「お久しぶりです、海倉先生」
 海倉は瑠璃の服で一時的に止血された守の手を消毒し、瑠璃とキリカの傷の手当てもした。別の棟にいた獣医に来てもらい、ムーンも診てもらった。
 瑠璃はたまたま海倉が持っていただぶだぶのシャツを借りて着せてもらった。
 海倉は瑠璃が両性とわかった時点で、背中の焼印のことも知っていた。しかしそこは守秘義務のある医師だ。何もそのことには触れないでいた。患者のプライベートを守るのも医師の勤めである。
 傷の手当ても終わり落ち着くと、「君達、恋人同士なの?」と大胆なことを、瑠璃と守に向かって尋ねる。キリカはドキッとした。
 さっきここに来るまで守は瑠璃を抱き上げながら自分には見せたことのないような視線で瑠璃を見ていた。
 瑠璃はその守の首筋に腕を回して、顔を押し付けて甘えていた。
 その様子にキリカは二人は何か特別な関係なのだろうか? と思っていた。
「あ、あの……」
 瑠璃が戸惑っていると「はい、そうです」と守がはっきりと言った。
 瑠璃はキリカの手前、恥ずかしかったが、とても嬉しかった。
 
(やっぱり)
 キリカは軽く衝撃を受けた。しかしわかっていた。
 キリカと守の間には本当の兄弟のような感情の方が強い。
 お互いに大切に思っている事に違いはない。
 改めてはっきりと聞いてより理解した。
(そうか、だから使用人として、瑠璃は月から来たのか。兄さんの傍にいたくて)
「瑠璃は、兄さんの大切な人だったんだね」
 キリカはぽつりという。
「キリカ」
「ごめんなさい、それなのに僕は瑠璃をあの時見捨ててしまった。でも、兄さんも神咲家を離れてしまった。どういうことなの?」
「キリカすまない、その辺の事情は、追々話す」
「……うん」
「あれきり会ってなかったんでしょ?」
 海倉が話に入ってきた。
「君はあの時白の側近服を着ていたね? 事情は知らないけど、病院にもあれきり君は来なかったし。今日はゆっくりできるの?」
「いや、あと四十分程で帰らなくては」
 時計をちらっと見る守の言葉に、瑠璃は胸が締め付けられた。
「オッケー。さ、キリカくんだっけね、邪魔者は消えよう」
「えっ?」
「守くん、瑠璃くんはね、両性になった。これからは心のケアも必要だ。僕がカウンセリングをするつもりだけど、今は二人だけにさせてあげたい。今日は僕、これでひきあげるから、この部屋使っていい。帰るときちゃんと事務所にカードキー返してね」
 海倉はキリカを促し、部屋を出て行った。キリカはムーンを引っ張りながら、時折こちらを気にしていた。
 二人と一匹が出て行った後の部屋に静寂が訪れた。

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